泣き止めばいつもの葡萄ではないか 古勝敦子【季語=葡萄(秋)】


泣き止めばいつもの葡萄ではないか

古勝敦子


常々私は、大喜利と俳句は似ていると思っています。お題に対して、皆に共感されるけれども、他の人が思いつかないような回答を考える大喜利。季語というお題に対して、なるほどこんな発想があったかと思わせるような、新たな視点や表現を考える俳句。俳句は基本的に音数の制限があったり、イラストが使えなかったりと表現の幅は大喜利よりやや狭いかもしれませんが、お題に対して共感性と独自性を両立させた短いセンテンスで答えるという点では、近いものがあるのではないでしょうか。

掲句は、第22回俳句甲子園の敗者復活戦で洛南高等学校のチームから提出された、古勝敦子さんの作品です。

涙でぼやけた視界に映る、紫色の何か得体のしれないもの。ひとしきり泣いたあとに見てみれば、それは何の変哲もない「いつもの葡萄」でした。涙の粒と葡萄の粒の丸さ、溢れた涙と水で洗った葡萄のきらめき、感情に揺さぶられる心と葡萄のみずみずしさ。これらが響き合い、前向きになるきっかけのアイテムとして葡萄は機能しています。ペットが亡くなったのか、上司に怒られたのか、部活動の大会で負けたのか、誰がどんな理由で泣いているかは読者にはわかりません。ですが、具体的に書かれていないからこそ、私たち読者はこの俳句の主人公になることができます。悲しいことやつらいことがあっても、必ず乗り越えて、日常に戻ることができるんだと思わせてくれる、お守りのような一句です。

ところで、私にはこういった既存の俳句の型とは異なる句を見ると、すぐに自分の中で大喜利を始めてしまう癖があります。

「○○すればいつもの××ではないか」で一句作れ。

ああ、今回も始まってしまいました。大喜利にはボケやすく、何と答えてもそれなりに面白くなるお題というものが存在します。このお題もまさにそのタイプ。掲句の作句過程において、型が先だったのか季語が先だったのかは存じておりませんが、「○○すればいつもの××ではないか」という構文には、空白の部分に何を当てはめてもそれなりに良いものができそうな魅力があります。第1回でご紹介した宮崎斗士さんの「この三人だから夕立が可笑しい」も「この〇〇だから△△が××」が構文として完成されていましたよね。

さて、この型の魅力ですが、それは下五の「ではないか」にあると私は考えています。文語の俳句か口語の俳句かという二者択一の場合、口語に分類されるであろう掲句。しかし、「ではないか」は、前回ご紹介した神野紗希さんの句、「すこし待ってやはりさっきの花火で最後」の「やはり」と同様に、現代語の話し言葉としては改まった言い回しです。小説で探偵が「この事件を解決してみせようではないか」と言ったり、時代劇で武士が「ほう、良い刀ではないか」と言ったりするのは想像できますが、現実で上司に「なかなか良い企画書ではないか」と言われたら何を気取っているんだと思うでしょう。現代において「ではないか」は、物語の中の登場人物にとっての口語なのです。それでは、句意はそのままに、より現実の話し言葉に近づけてみます。

泣き止めばいつもの葡萄じゃあないか

「ではないか」を「じゃあないか」に置き換えてみました。台詞くささは依然としてありますが、少し柔らかい印象になりましたね。

泣き止めばなんだいつもの葡萄じゃん

こちらはより話し言葉らしい言い回しにしてみました。あっけらかんとした雰囲気がより出ていますね。

しかし、どちらのパターンも酷い改悪とまでは言いませんが、こうして検討してみると、原句の「ではないか」にあった格調高さは薄れてしまったように思います。葡萄の映像がだんだんとはっきりしていく時間の経過、葡萄そのもののずっしりとした重さ、もう大丈夫だと自分に言い聞かせている作中主体の心境、それらはやはり「ではないか」でしか表現し得ないのではないでしょうか。

それでは、せっかくなのでこの「○○すればいつもの××ではないか」で一句作れという大喜利の回答を考えてみましょう。字余りにならないように、上五は五音の已然形で、××には三音の季語を入れてみることにします。

吹き止めばいつもの薄ではないか

降り止めばいつもの泉ではないか

溢れればいつもの林檎ではないか

だとすればいつもの蚯蚓ではないか

いかがでしょうか。型が良いので60点くらいは貰えそうですが、やはり原句には敵いませんね。実際にやってみると、上五の言葉選びにかなり悩まされました。このような構文先行の作句方法は、ぴったりと合う言葉に出会うまでの道のりが長いのです。季語がしっくりきていないと、こんな作り方をしているからだと句会でけちょんけちょんにされてしまうリスクもあります。しかし、素敵なメロディに合わせて、後から歌詞が作られたヒット曲が多数あるように、素敵な調べのフレーズとそれに合う季語や言葉に辿り着くことができれば、構文が先行した作句方法でも名句は生まれるはずです。家族や友人との何気ない会話、公共施設のアナウンスや店の貼り紙、インターネットの広告。私は俳句に使える構文を日常生活から拾い上げ整えていく過程が、口語俳句の楽しみのひとつだと思っています。

(第22回俳句甲子園より)

斎藤よひら


【執筆者プロフィール】
斎藤よひら(さいとう・よひら)
1996年 岡山県にて生まれる。
2018年 大学四年次の俳句の授業をきっかけに作句を始める。
第15回鬼貫青春俳句大賞受賞。
2022年 「まるたけ」に参加。
2023年 第15回石田波郷新人賞角川『俳句』編集長賞受賞。
2024年 「青山俳句工場05」に参加。

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2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



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