神保町に銀漢亭があったころ

【クラファン目標達成記念!】神保町に銀漢亭があったころリターンズ【2】/戸矢一斗(「銀漢」同人)


「銀漢亭日録」のこと

戸矢一斗(「銀漢」同人)


 結社誌「銀漢」には、「銀漢亭日録」という見開きの人気コーナーがある。主宰の伊藤伊那男さんの日記の抜粋で、日々の句会や結社誌の編集作業、原稿の執筆や講演のこと、家族との食事のようすなどが書かれているのだが、銀漢亭のことも頻出する。

 例えば、「○○句会のあと十五人」「予約のない日。常連のみ」「奥で女性だけの句会、活気あり」「句会出版の打ち合わせの後、寄ってくださる」「帆立、海鞘ほかたくさんの差し入れあり」「超結社で三十四人。五句出し、あと三句、二句、計十句の句会」「超閑散、早めに閉める」といった具合である。店を締めた後に馴染みの店で飲み、「乗り越し。またやってしまった」「二日酔い」といった記述も出てくる。

 今回、改めて二〇二〇年五月の銀漢亭最後のあたりの日録を読んでみた。関係する部分を書き抜いてみるとこんなふうだ。

3月31日(火) 今日から、今週は店を休みとする。深刻な状況である。一日だらだら過ごす。少し気が抜けてしまったか……。酒抜く。
4月6日(月) 明日東京に緊急事態宣言出ると。
23日(木) 店の冷蔵庫整理など。近隣を覗くと、知り合いの店の半分は閉じ、半分はテイクアウトだけにするなど……何とも寂しい町に変わる。
28日(火) 近隣の店舗はほとんど閉じており、あるいは客入っておらず、惨状。
5月2日(土) 十一時、「銀漢亭」に家主、仲介業者と打ち合わせ。造作の撤去について取り決め。五月末に撤去で進めることに。
6日(水) 酒を自宅に回収する。私の飲む一年分以上の酒量か。
8日(金) 十一時、店舗の取り壊しについて打ち合わせ。持ち帰るものなどの整理。生ビールの樽に相当の残りあり。もったいないので飲み、小田急線で寝てしまい、乗り越し。
13日(水) 店員だった展枝いづみうさぎ小石さん集まり、私物の回収他。結局、生ビールの残りを全部空ける。
14日(木) 九時半、「銀漢亭」最後の片付け。編集部の不用品も廃棄処分に降ろす。
18日(月) 十時より解体作業。
21日(木) 九時半、解体作業の大将に「銀漢亭」の看板を下ろして貰う。十時半、仲介業者と家主に来て貰い取り壊しの最終確認。今日の夕方で工事は終了の予定。十七年、風雪に晒された看板の清掃、取り壊しの時壊れた額を補修。
22日(金) 十時、神保町。ガスの栓ストップに立ち会う。 

 「銀漢亭日録」は、タイトルもそのまま現在も続いている。もちろん銀漢亭の話はない。「またやってしまった」がなくなったのは、少し淋しいような気がしている。

 さて、私は何度も銀漢亭には行っているが、いつも句会などの後ばかりだった。3000円(2500円の会もあった)で、主宰の料理が4~5品。時には誰かからの差し入れの品もついて酒は飲み放題だから、句会と銀漢亭での懇親会は渾然一体。二階の編集室での作業から銀漢亭で飲む、も当然のことだった。

 その一方で、独りでふらっとというのはほとんどない。カウンターに立ったことはさらに稀だ。カウンターに並ぶ俳人たちは少し眩しく、なんとなく気後れしていた。

 それでも(?)、あの空間に身を置いた日々は、静かな輝きを放っている。

銀漢亭の入り口脇にあった鉢はみんな捨てられてしまったそうですが、一つだけは一斗さんが譲り受けて育てているそうです。

【執筆者プロフィール】
戸矢一斗(とや・いっと)
埼玉県生れ。2013年「銀漢」入会。同人。


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