身に入むやふた親の亡き家の鍵 吉田祥子【季語=身に入む(秋)】


身に入むやふた親の亡き家の鍵

吉田祥子
『しなやかな線』より


10月、現在の会社に入って勤続20周年を迎えた。何度も辞表を出しかけながらも勤め続けてしまったのが良かったのか悪かったのか・・・ブラック企業と思しき働き方を強いられてきた日々もあったけれど、いろいろな経験をさせてもらって現在がある。

私が介護の世界に入ったのは全くの偶然、会社を辞めて雇用保険をもらい続けるために職業訓練校に通ったのがきっかけだった。まぁ資格も取ったし一応働くか・・・と訪問介護のヘルパーをパートで始めたのが2003年、それから20年以上も介護の世界に身を置くとは思ってもいなかった。そして詠む俳句にも大きく関わり、自称ケアマネ俳人を名乗るようになるなんて・・・人生は本当に予測できないことばかりだ。

身に入むやふた親の亡き家の鍵

さて、掲句について。

すでにご両親を見送られ、空き家となった家の鍵を手にしているのだろう。「身に入む」という季語は、身体感覚もさることながらしみじみとした情緒を表す。てのひらに置いた時の鍵の冷たさが身体の芯にまで至るようである。「ふた親」としたことで、客観的に事実を受け止めようとしていることが窺える。両親が大切にしてきた家を自身がそのまま引き受けることができない良心の呵責の表れではないかとも想像した。家の鍵という両親と自分を繋ぐひとつのアイテムに存在感があり、句を確かなものにしている。

作者の吉田祥子さんは1963年生まれ、「磁石」所属。2023年に第一句集『しなやかな線』を上梓された。小学校教師で〈卒業式つぼみのやうな五年生〉〈先生の下の名おぼえ朝ざくら〉など先生の目線で詠んだ句が多い。現在は江東区、葛飾区を中心とした多くの小学校で俳句の授業をしており、俳人協会の夏季俳句指導講座などでも活躍されている。

祥子さんは私より少し年上の優しいお姉さん。先日ご実家についてお聞きしたところ、その家のまま住んでくれる方がいたので更地にせずにすんだ、自分たちが育った家が残っているのは嬉しいと教えてくださった。実家に立ち寄らない親不孝者の私だけれど、その気持ちはよくわかる。

家といえば・・・これまでケアマネとして、グランドピアノが置いてある豪邸から、いわゆるゴミ屋敷と呼ばれる家までたくさんの家を訪問してきた。ゴミ屋敷にベッドを置くために役所のケースワーカーさんと一緒にまずは片づけをすることなども。ものすごく大変なのだけれど、どこか面白がっている自分がいるから厄介だ。

職業訓練校で「人が好きですか?好きでなければこの仕事は続けられないよ。」と度々言われていたことを今更ながら思い出す。たぶん私は人が好き、だからこの仕事を続けているのだし、詠む俳句も人間の営みに寄ったものが多くなってしまうのだろうな。自称ケアマネ俳人、もうしばらく今の会社で頑張ります!

黒澤麻生子


【執筆者プロフィール】
黒澤麻生子(くろさわ・まきこ)
1972年千葉県生まれ。1999年「未来図」入会。2004年未来図新人賞受賞。2005年「未来図」同人。俳人協会会員。2009年「秋麗」創刊に参加。2017年刊行『金魚玉』(ふらんす堂)により第41回俳人協会新人賞・第6回与謝蕪村賞新人賞受賞。2021年未来図後継誌「磁石」創刊に参加。現役ケアマネジャー。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



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