北寄舟にぎはひ見せて雪の中
深見けん二
北海道・室蘭の一つ手前に母恋(ぼこい)という無人駅がある。この駅に「母恋めし」という郷土料理コンクール弁当の部で最優秀賞を受賞した弁当が売られている。仕事の関係で母恋へ行くと話したら、札幌の知人が「母恋めしが有名だ」と教えてくれた。昼食はそれを食べようと意を決して吹雪の札幌を出立した。
札幌から車で約2時間、途中吹雪で前方が真っ白になるなか、太平洋を左側に見ながら苫小牧を抜けて南進し、何とか母恋に到着した。母恋めしはその駅の小さな売店で売られていた。二人の同僚の分も合わせて三つで4500円、結構いい値段だ。売店の彼は、北海道には物静かな人が多い印象だが、さらにヒソヒソと話す人だった。母恋めしとは、北寄貝(ほっきがい)と茸の炊き込みご飯で作られたおにぎり(二ヶ)、味付け卵の燻製、燻製チーズ、おつまみ昆布とハッカ飴がそれぞれに透明のビニール袋に入った弁当である(写真参照)。味は、北寄貝のシャキシャキした食感と炊き込みご飯のふんわりした感じが相まってとても美味であった。事前予約が必要だったようだが、三人分が買えてラッキーだった。母恋の語源はアイヌ語で「ポク・オイ」と言い、北寄貝のたくさんある場所の意味らしい。確かに、北寄貝で有名な苫小牧市のホームページによると、北寄貝の漁獲量は全国5000トン、北海道で約4400トン、苫小牧で約770トン(約15%)とある。
北寄舟にぎはひ見せて雪の中 深見けん二
「北寄貝・北寄」はホトトギスや角川の歳時記に見当たらないが、インターネット上では冬もしくは三春の季題となっている。旬は12月から5月で、冬から春にかけての漁期である。掲句の場所は定かではないが、おそらく、苫小牧・室蘭あたりだろう。上五の「北寄舟」に「舟」という漢字が当てられているのであまり大きな漁船ではない。中七の「にぎはひ見せて」は、北寄貝の大漁だったのかもしれない。漁師の声、漁船の音が聞こえてくる。下五は「雪の中」なので白く静かな世界である。「北寄舟にぎはひ」の動と「雪の中」の静との対比が効いて、北寄舟の明るく大きな声や賑やかな音が聞こえてくる。とても興味深く印象に残る句である。
この母恋は「地球岬」に近い駅でもある。「地球岬」とは、100メートル前後の断崖絶壁が連なり、快晴の日には展望台から真っ青な太平洋が一望できる景勝地のことで、北海道の自然100選の第一位に選ばれた人気の観光スポットである。「地球岬」の名前はアイヌ語の「断崖」を意味する「チケプ」に由来するらしい。今回は時間がなく行けなかったので、次回はここまで足を伸ばしたいと思う。
(塚本武州)
【執筆者プロフィール】
塚本武州(つかもと・ぶしゅう)
1969 年、立川市生まれ。書道家の父親が俳号「武州」を命名。茶道家の母親の影響で俳句を始める。2000年〜2006年までイギリス、フランス、2011年〜2020年までドイツ、シンガポール、台湾に駐在。帰国後、本格的に俳句を習い、2021年4月号より俳誌『ホトトギス』へ出句。現在、社会人学生として、京都芸術大学通信教育部文芸コース及び博物館学芸員課程を履修中。国立市在住。妻と白猫(ユキ)の3人暮らし。
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