年惜しむ麻美・眞子・晶子・亜美・マユミ 北大路翼【季語=年惜しむ(冬)】

年惜しむ麻美・眞子・晶子・亜美・マユミ

北大路翼
『新撰21』

北大路翼は、超有名俳人である。昭和53年横浜生まれ。18歳の時に横浜高校時代の教師であった今井聖主宰の「街」に創刊と同時に入会。実は、小学校の頃から種田山頭火に憧れ自由律俳句を詠んでいたという。

大学卒業後は、風俗情報誌の出版社に就職するも半年で退職。フリーターをしながら、詩人や芸術家と交流を持ち、表現の幅を広げた。一躍有名になったのは「屍派」結成の頃であろうか。新宿歌舞伎町を拠点にアウトローな男女を集め俳句活動を始める。また、現代美術家の会田誠氏より譲り受けた「芸術公民館」を「砂の城」と改称し、アーティストサロンを経営することになる。同時期には、短歌雑誌の編集部にも勤務していた。平成27年、第一句集『天使の涎』を出版し、第7回田中裕明賞を受賞。すでに、多くのメディアにて注目を浴びている存在であったが、受賞により俳人としての確固たる地位を築いた。

ちなみに、北大路翼氏のプロフィールは、〈歌舞伎町俳句一家「屍派」家元。「砂の城」城主。廃人〉である。30代の最後には『時の瘡蓋』を出版。3年後の令和2年に『見えない傷』、令和5年に『流砂譚』を出版。著作物としては、『新宿歌舞伎町俳句一家「屍派」アウトロー俳句』、『生き抜くための俳句塾』、『半自伝的エッセイ 廃人』がある。

令和4年、「砂の城」落城、そこを根城としていた「屍派」は解散となる。現在は、高円寺にて「りぼん句会」を開催中。「りぼん」には「reborn(再生・復活)」の意味が込められている。

私が翼氏と初めて出会ったのは『超新撰21』の出版パーティーの時である。ホストのようなスーツを着こなしており、危険な香りがした。話をしてみると、とても紳士的で優しい。だが、絶対に惚れてはいけない人だと直感した。その日は、私も超酔っぱらっていて、三次会では椅子の上に乗って踊っていたほどである。一緒に踊ってくれたノリの良いお兄さんと思っていたが、3歳年下であった。その時のパーティーが縁で、私は数年後に出版者勤務で俳人の夫と結婚することになった。実は、翼氏とは夫の方が親しい。しかも翼氏の恩人でもあるらしい。夫の話によれば、翼氏は恋人には一途であるとのこと。確かに『天使の涎』のあとがきでは恋人にプロポーズをしている。でも、「来るものは拒まず去るものは追わず」という主義でもあるとか。いまだに独身なのも頷ける。

夫が歌舞伎町の「砂の城」に行った時は、一階で男女が激しく抱き合っていて驚いたとか。二階には句会ができるスペースがあり、「屍派」の溜り場になっていたとか。題詠句会を楽しんでいると、カップルが入ってきて「何だよ、使用中かよ」と舌打ちをされたらしい。終電を過ぎた時間帯であったため、アウトロー達にも会えたのだろう。

また、「街」が主催している「新年俳句相撲」では、翼氏が「屍派」を引き連れて参戦。若者たちは、酔いつぶれているところを叩き起こされて来たらしく、テンションが上がらなかったのか惨敗。みな、見た目は派手だが礼儀正しく、翼氏を尊敬の眼差しで見ていたとのこと。さすが歌舞伎町のボス。夜の街で生きる人々にきちんと俳句を教えているのも素晴らしい。そんな、翼氏の句集から好きな句を紹介したい。

 『天使の涎』は、歌舞伎町の景色を冷静に描いている。風俗の描写だけでなく、生活の一場面や時事も詠む。

  キャバ嬢と見てゐるライバル店の火事
  ストリップ最前席の深海魚
  新宿を見下ろしてゐる裸かな
  話してゐる八割が嘘アロハシャツ
  倒れても首振つてゐる扇風機
  鯊日和オリンピックは他所でやれ
  銃乱射男に夏休みをやれよ
  初雪や警察官が四千人

 『時の瘡蓋』は、30代最後の句集。青春への決別のような感傷を孕みつつ反骨精神が続いてゆく。

  二股やインフルエンザ流行す
  男はつらいよ春の土手長いよ
  吐きたくない本人と吐かれたくない白詰草
  冷やし中華始めました恋終はりました
  セミダブルベッドのどこも涼しくて
  落葉掃く砂利を動かさない技術
  枯枝を真ん中で折り塾へ行く
  二・二六吊革が掴めない
  ネオンより少し静かに聖樹あり

 『見えない傷』は、風俗や性を詠みつつも死生観が強調されている。丁寧な描写の句が多く、表現への拘りが垣間見える。

  頬に欲し君の素足の冷たさを
  汚れ方違ふ枕が二つ春
  昼寝して勃起が隠しづらいズボン
  ゴミ捨て場飛び出してゐる破魔矢かな
  大根も過去もいづれは透き通る
  花冷えの麻雀牌の彫り深し
  風鈴と同じ柱で首吊らむ
  入水前ちよつと冷てえなと思ふ
  日直が捨てる月曜日の金魚
  軒下で犯され猫に産まれ来る
  八月をぜんぶなかつたことにする

 『流砂譚』は、歌舞伎町を卒業し再起を賭けた句集。コロナにより「砂の城」は閉店を余儀なくされ、「屍派」は解散。さらには失業も重なる。失意の中で詠まれた句は、現代的な詩情を生み出し、表現力の高さと深みを感じさせる。

  初日の出都庁がなかつたら見える
  浪人生マスクの紐が伸びてゐる
  通販の鈴虫鳴きながら届く
  バーコード読み取りづらき八つ頭
  水洟のぴろんと昭和美しき
 これから、どんな俳句を詠んでゆくのか、歴史に残る俳人になることは間違いない。

   年惜しむ麻美・眞子・晶子・亜美・マユミ   北大路翼

掲句は、『新撰21』収録句で20代の頃に詠まれた句である。作者としては若気の至り的な句かもしれない。『新撰21』は、若手俳人アンソロジーで、1人につき100句が掲載される。その100句の中の一章に「女LOVERS」と題して、交際した女性達を詠んだ句が並んでいる。

    懐かしきかな、あつこ
  春惜しむ亀頭のティッシュ剥がしつつ
    カリナは
  春めくや泡で隠してゐる陰部
    まいたん☆
  陰茎が触れて蛙が触れない
    ばらしてごめん、聖子
  二回目の豊胸手術梅雨に入る
    二丁目のリョウ
  ほつぺたに睾丸ふるる寒さかな

前書きの名前入りの説明も可笑しい。卑猥なことを詠んでいるのに卑猥に感じさせないのは、描写に説得力があるからだ。「あつこ」の句は、性行為の後の女性の何気ない動作を滑稽に描いている。男根を丁寧に拭いたものの亀頭にティッシュが張り付いてしまい、それをそろりと剥がす女性の細やかさが可愛らしい。「カリナ」はソープ嬢だろうか。それとも恋人とソープごっこを楽しんでいるのか。陰部を泡で隠している恥じらいと、ふわふわした感じが春らしい。「まいたん☆」は、蛙は触れないのに、グロテスクな陰茎は平気で触れる。きっと積極的な女の子なのだ。だから蛙が触れないことに驚く。☆マークから明るい性格が伺える。「聖子」の句は、現代の女性を詠んでいる。モデルやアイドルが豊胸手術を受けるのは当たり前だ。ランジェリーパブの女の子も指名客を得るために手術をし、ライバルと競う。術後は痛みがあるため、揉むことはできない。偽物の巨乳に淋しさも感じる。と同時に「俺は知ってるぜ」という優越感もあったのだろう。でもばらしたらダメよ。「リョウ」は男の子。お互いに惹かれ合って脱いではみたものの・・・。「寒さ」という表現により、一歩引いている作者の顔が浮かぶ。

暗くなりがちな性の描写をここまであっけらかんと詠まれると好感を持ってしまう。性行為の場面を暴露しつつも恋人たちに対する愛情を感じるのも不思議だ。その時は、本気で愛していたのだ。だから俳句に詠むことで、過去に封印した。別れるときには言えなかった「大好きだよ」という想いとともに。
 その「女LOVERS」を締めくくる一句。

    そして愛すべき君たち
  年惜しむ麻美・眞子・晶子・亜美・マユミ

その年に通り過ぎていった女たちなのだろう。交際期間が短かったのか、一夜だけの恋人だったのか、口説いたけれども落ちなかったのか。ナンパで出逢った女の子の名前を勲章のように連ねているかにも見える。名前の読み方は「マミ・マコ・マサコ・アミ・マユミ」とすれば17音に収まる。子音のM音と母音のA音が心地良く響く。

もしかしたら、年末に行ったキャバクラの女の子たちの名前かもしれない。席に着いた女の子がみな似たような名前で覚えられない。だけれども、話をしてみると、どの子も個性的で魅力的に感じた。「絶対、指名してね」とか「私だけだって誓って」とか、ぐいぐいと迫ってくる。テーブルに名刺を並べつつ、「選べないよー」という心の叫びとともに、「みんな愛してるよー」と言ってしまったのだ。結果的に場内指名5人。太っ腹な客となった。年末だから、「宵越しの銭は持たない」ではないが、年越しの銭を綺麗に使い果たした。

漢字表記がリアルである。作者は細かいことを記録する癖があるという。キャバ嬢の名刺を持ち帰り、日記に書き込む。最後の「マユミ」だけカタカナ表記なのが気になる。源氏名にはカタカナもあるが、キャバ嬢の多くは漢字を当てたがる。何度も名前を呼ぶうちに本人のイメージと漢字が合っていないように思ったのか。実は本命だったのかも。新年は、マユミちゃんとひめ始めをしたのかな。

篠崎央子


篠崎央子さんの句集『火の貌』はこちら↓】


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓


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