けふの難読俳句

「けふの難読俳句」【第2回】「尿」


尿(しと)尿(いばり)

レベル ★★★☆☆

使用頻度 ★★★☆☆

<ジャンル> 生活・身体

<類語>おしっこ、小便、小水、ゆまりなど


【例句】

蚤虱馬の尿((い)ばり)する枕もと    松尾芭蕉
枯るる貧しき厠に妻の尿(しと)きこゆ  森澄雄
天高し風のかたちに牛の尿(しと)   鈴木牛後


【解説】俗を愛する俳句において、「小便」をたくさん詠んだのは、小林一茶かもしれません。〈小便の滝を見せうぞ鳴蛙〉〈ちる霰立小便の見事さよ〉〈小便の穴だらけ也残り雪〉のように、数多くの小便俳句を詠んでいます。ためしに、一茶の俳句データベースに「小便」と打ち込んで検索してみると、「49句」もの小便俳句がヒットします。

誰もが毎日せざるをえない排尿行為は、日常であれば「おしっこ」と呼ばれていますが、俳句で「おしっこ」といえば、さすがに幼児的な印象を与えざるをえません。そこで、そのような印象を与えずに「おしっこ」を詠むための方法が、この「しと/いばり」です。2音にも3音にも対応しているスグレモノです。

「この宮に御しとにぬるるは、うれしきわざかな」――これは、紫式部日記「若宮誕生」の場面ですね。「殿」こと、藤原道長が赤ちゃん(若宮)を抱っこして、「お漏らし」の被害に遭うところ。こういうのもかわいいよねえ、といいながら、火にあぶって服を乾かしていることもあった、という紫式部目線の描写です。

たぶん、「しっこ」に「お」をつけるように、「しと」に「御」をつけて「おしと」。高級感のある排泄物です。間違っても子供にそんな名前つけてはいけません。

「おしっこ」は、あまりに日常的であるがゆえに、出そうになるときに「おしっこ!」と言ってみたり、つまり行為そのものを指すことがありますが、「尿(しと)」はあくまで排泄された液体を指す言葉。ちなみに汗や涙や雨でぐっちょぐちょに濡れるのは「しとど」です。

体のなかから排泄されたおしっこは、「お湯」のようにほかほかです。そして排泄行為のことを昔のことばで、「まり」といいます(うんちが時に「鞠」のようなかたちをしているからでしょうか?)。そこから、おしっこのことを「ゆ+まり=ゆまり」あるいはそこから音が変わって「ゆばり」「いばり」と言うようになりました。

「伊弉諾尊、乃向大樹放尿。此卽化成巨川」――これは『古事記』の国産み神話。こちらは、行為としての「おしっこ」に近く、「放尿」という感じが当てられています。

これを、やまとことばとして言うなら、「ゆまる」となり、排泄された液体は「ゆまり」となります。いまはもう誰も『古事記』や『日本書紀』を読まなくなってしまいましたが、ある程度の年代までには、了解されている言葉だったのでしょう。西東三鬼には、

 女立たせてゆまるや赤き旱星

という変態句があります。


【「けふの難読俳句」のバックナンバー】

>>【第1回】「直会」


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 「パリ子育て俳句さんぽ」【9月24日配信分】
  2. 【新連載】加島正浩「震災俳句を読み直す」第1回
  3. 神保町に銀漢亭があったころ【第66回】阪西敦子
  4. 「パリ子育て俳句さんぽ」【10月29日配信分】
  5. 「パリ子育て俳句さんぽ」【4月16日配信分】
  6. 神保町に銀漢亭があったころ【第121回】堀江美州
  7. 【結社推薦句】コンゲツノハイク【2021年7月分】
  8. 「パリ子育て俳句さんぽ」【4月9日配信分】

おすすめ記事

  1. 紐の束を括るも紐や蚯蚓鳴く 澤好摩【季語=蚯蚓鳴く(秋)】
  2. 【読者参加型】コンゲツノハイクを読む【2022年12月分】
  3. 義士の日や途方に暮れて人の中 日原傳【季語=義士の日(冬)】
  4. 【冬の季語】追儺
  5. 蜩や久しぶりなる井の頭      柏崎夢香【季語=蜩(秋)】
  6. 筍にくらき畳の敷かれあり 飯島晴子【季語=筍(夏)】
  7. 【連載】新しい短歌をさがして【8】服部崇
  8. 人はみななにかにはげみ初桜 深見けん二【季語=初桜(春)】
  9. とれたてのアスパラガスのやうな彼 山田弘子【季語=アスパラガス(春)】
  10. 【秋の季語】新涼/涼新た 秋涼し

Pickup記事

  1. しばれるとぼつそりニッカウィスキー 依田明倫【季語=しばれる(冬)】
  2. 【第22回】新しい短歌をさがして/服部崇
  3. 裸木となりても鳥を匿へり 岡田由季【季語=裸木(冬)】
  4. COVID-19十一月の黒いくれよん 瀬戸正洋【冬の季語=十一月(冬)】
  5. 【秋の季語】台風(颱風)
  6. 【夏の季語】入梅
  7. 【新年の季語】門松
  8. 【夏の季語】夏の蝶
  9. 【冬の季語】冬蟹
  10. 買はでもの朝顔市も欠かされず 篠塚しげる【季語=朝顔市(夏)】
PAGE TOP