葛の花こぼれやすくて親匿され 飯島晴子【季語=葛の花(秋)】


葛の花こぼれやすくて親匿され)

飯島晴子

 掲句からただちに想像するのは、無数の葛の花が散るうしろに蹲る老いた男女である。葛の花が「こぼれやす」いと言われれば、紫の壁、それもかなりの量感がありつつかすかに隙間のある壁を思う。うしろにいる親を見せるくらいの隙間。その親は、散る花のみならず、鬱蒼とした葛の蔓と葉の暗闇の中にしゃがんでいるのである。

 この句で面白いのは「て」にこもる叙情である。葛の花がこぼれやすい「からこそ」親が匿されるというニュアンスが感じられる。つまり、親が匿されていることにある種の安心感を覚え、葛の花に対して恩を感じてさえいるように思える。ではなぜ、と思えば、親が他人に見せられないほど醜いからとか恥ずかしいからとか、あるいは親には厳しい外界からはもう離れて、静かに平和に時を過ごしてほしいからとか、色々と候補が挙がる。後者の方が好もしいが、晴子のドライさから言えば前者もありだと思う。

小山玄紀


【執筆者プロフィール】
小山玄紀(こやま・げんき)
平成九年大阪生。櫂未知子・佐藤郁良に師事、「群青」同人。第六回星野立子新人賞、第六回俳句四季新人賞。句集に『ぼうぶら』。俳人協会会員


小山玄紀さんの句集『ぼうぶら』(2022年)はこちら↓】


【小山玄紀のバックナンバー】
>>〔19〕瀧見人子を先だてて来りけり  飯島晴子
>>〔18〕未草ひらく跫音淡々と     飯島晴子
>>〔17〕本州の最北端の氷旗      飯島晴子
>>〔16〕細長き泉に着きぬ父と子と   飯島晴子
>>〔15〕この人のうしろおびただしき螢 飯島晴子
>>〔14〕軽き咳して夏葱の刻を過ぐ   飯島晴子
>>〔13〕螢とび疑ひぶかき親の箸    飯島晴子
>>〔12〕黒揚羽に当てられてゐる軀かな 飯島晴子
>>〔11〕叩頭すあやめあざやかなる方へ 飯島晴子


>>〔10〕家毀し瀧曼荼羅を下げておく 飯島晴子
>>〔9〕卯月野にうすき枕を並べけり  飯島晴子
>>〔8〕筍にくらき畳の敷かれあり   飯島晴子
>>〔7〕口中のくらきおもひの更衣   飯島晴子
>>〔6〕日光に底力つく桐の花     飯島晴子
>>〔5〕気を強く春の円座に坐つてゐる 飯島晴子
>>〔4〕遅れて着く花粉まみれの人喰沼 飯島晴子
>>〔3〕人とゆく野にうぐひすの貌強き 飯島晴子
>>〔2〕やつと大きい茶籠といつしよに眠らされ 飯島晴子
>>〔1〕幼子の手の腥き春の空   飯島晴子


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

horikiri