毎月第1日曜日は、歌人・服部崇さんによる「新しい短歌をさがして」。アメリカ、フランス、京都、台湾、そして再び京都へと動きつづける崇さん。日本国内だけではなく、既存の形式にとらわれない世界各地の短歌に思いを馳せてゆく時評/エッセイです。
【第39回】
あかあかと
服部崇(歌人)
ふたたび京都に引っ越してきた。以前、京都に住んでいた頃はコロナ禍と重なったこともあり、外出を控える日々が続いた。今回は、これまで行けずにいた場所を訪れることができるかもしれない。というわけで、炎天下、伏見稲荷大社を訪れることにした。
伏見稲荷大社の入口付近、楼門の脇に前川佐美雄の歌碑があった。
あかあかとたたあかあかと照りゐれは伏見稲荷の神と思ひぬ 佐美雄
この一首、前川佐美雄の歌集に収録されているかどうかは承知していない。
前川佐美雄は「あかあかと」が好きなようである。
あかあかと紅葉を焚きぬいにしへは三千の威儀おこなはれけむ 前川佐美雄『天平雲』
西方は十萬億土かあかあかと夕焼くるときに鼠のこゑす 前川佐美雄『天平雲』
あかあかと硝子戸照らす夕べなり鋭きものはいのちあぶなし 前川佐美雄『大和』
あかあかと夕日に染まりゐる野のはてに何んとわが家の小さくぞある 前川佐美雄『植物祭』
前川佐美雄の「あかあかと」には秀歌が多いように思われる。
「あかあかと」は他の歌人も使っている。
あかあかと一本の道とほりたりたまきはる我が命なりけり 斎藤茂吉『あらたま』
「あかあかと」は俳句にも使われている。
あかあかと日は難面も秋の風 芭蕉
また、前川佐美雄の伏見稲荷の一首は明恵の歌を思い出させる。
あかあかやあかあかあかやあかあかやあかあかあかやあかあかや月 明恵
といったことをぼんやりと考えながら歌碑の前に立っていたが、佐美雄の伏見稲荷の一首の良さがあまり実感できなかった。そこで、諦めて伏見稲荷大社に参拝することにした。
伏見稲荷大社の本殿に参拝し、神楽を参観し、千本鳥居を通って、奥社奉拝所、熊鷹社から三ツ辻まで来た。ここまで朱色の鳥居を多くくぐった。この辺りからスピリチュアルな雰囲気が漂い始める。朱色の鳥居を進みながら神々しさを思わせる参道を一歩一歩のぼる。四ツ辻に来て、一ノ峰、二ノ峰、三ノ峰と稲荷山を一周した。炎天下の伏見稲荷大社を歩いてみてはじめて、〈あかあかとただあかあかと照りゐれば伏見稲荷の神と思ひぬ〉の一首に共感を覚えた。
これまでの台湾を離れて、今般、京都に場を移すこととなった。京都に場を移すことが筆者にどのような作用を及ぼすのかは未知数である。どうなるにせよ、今度は京都の地で「新しい短歌」をさがしていきたい。
【執筆者プロフィール】
服部崇(はっとり・たかし)
「心の花」所属。居場所が定まらず、あちこちをふらふらしている。パリに住んでいたときには「パリ短歌クラブ」を発足させた。その後、東京、京都と居を移しつつも、2020年まで「パリ短歌」の編集を続けた。歌集『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(2017、ながらみ書房)、第二歌集『新しい生活様式』(2022、ながらみ書房)。X:@TakashiHattori0
【「新しい短歌をさがして」バックナンバー】
【38】台湾大学の学生たちと歌会を行った
【37】異文化交流としての和歌・短歌
【36】啄木とクレオール
【35】静宜大学を訪れて
【34】沖縄を知ること──屋良健一郎『KOZA』(2025、ながらみ書房)を読む
【33】「年代」による区分について――髙良真美『はじめての近現代短歌史』(2024、草思社)
【32】社会詠と自然詠──大辻隆弘『橡と石垣』(2024、砂子屋書房)を読む
【31】選択と差異――久永草太『命の部首』(本阿弥書店、2024)
【30】ルビの振り方について
【29】西行「宮河歌合」と短歌甲子園
【28】シュルレアリスムを振り返る
【27】鯉の歌──黒木三千代『草の譜』より
【26】西行のエストニア語訳をめぐって
【25】古典和歌の繁体字・中国語訳─台湾における初の繁体字・中国語訳『萬葉集』
【24】連作を読む-石原美智子『心のボタン』(ながらみ書房、2024)の「引揚列車」
【23】「越境する西行」について
【22】台湾短歌大賞と三原由起子『土地に呼ばれる』(本阿弥書店、2022)
【21】正字、繁体字、簡体字について──佐藤博之『殘照の港』(2024、ながらみ書房)
【20】菅原百合絵『たましひの薄衣』再読──技法について──
【19】渡辺幸一『プロパガンダ史』を読む
【18】台湾の学生たちによる短歌作品
【17】下村海南の見た台湾の風景──下村宏『芭蕉の葉陰』(聚英閣、1921)
【16】青と白と赤と──大塚亜希『くうそくぜしき』(ながらみ書房、2023)
【15】台湾の歳時記
【14】「フランス短歌」と「台湾歌壇」
【13】台湾の学生たちに短歌を語る
【12】旅のうた──『本田稜歌集』(現代短歌文庫、砂子屋書房、2023)
【11】歌集と初出誌における連作の異同──菅原百合絵『たましひの薄衣』(2023、書肆侃侃房)
【10】晩鐘──「『晩鐘』に心寄せて」(致良出版社(台北市)、2021)
【9】多言語歌集の試み──紺野万里『雪 yuki Snow Sniegs C H eг』(Orbita社, Latvia, 2021)
【8】理性と短歌──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)(2)
【7】新短歌の歴史を覗く──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)
【6】台湾の「日本語人」による短歌──孤蓬万里編著『台湾万葉集』(集英社、1994)
【5】配置の塩梅──武藤義哉『春の幾何学』(ながらみ書房、2022)
【4】海外滞在のもたらす力──大森悦子『青日溜まり』(本阿弥書店、2022)
【3】カリフォルニアの雨──青木泰子『幸いなるかな』(ながらみ書房、2022)
【2】蜃気楼──雁部貞夫『わがヒマラヤ』(青磁社、2019)
【1】新しい短歌をさがして
挑発する知の第二歌集!
「栞」より
世界との接し方で言うと、没入し切らず、どこか醒めている。かといって冷笑的ではない。謎を含んだ孤独で内省的な知の手触りがある。 -谷岡亜紀
「新しい生活様式」が、服部さんを媒介として、短歌という詩型にどのように作用するのか注目したい。 -河野美砂子
服部の目が、観察する眼以上の、ユーモアや批評を含んだ挑発的なものであることが窺える。 -島田幸典