ミネさんが話しているうちに蕎麦屋に到着した。席に着くと、白髪の似合う彫りの深い顔の男性がやってきた。どうやら店主らしい。「ミネさん。先日の同窓会ではあまりお話しができなかったけど、よく来てくれたね。こちらはお嬢さんかな」「い、いえ。姪なの」「今日は、湖に遊びにきたのかな」「そ、そうなの。姪がどうしても遊覧船に乗りたいっていうから」。そんなことは言っていないのだが、とりあえず頷いてみた。天ぷら蕎麦を注文し、白髪の店主が去った後にミネさんに言った。
「俳優さんみたいに素敵なオジサマね。ミネさんの同級生なの?」「そ、そうなの。昔から格好良かったのよ」「え?もしかして、ハンカチをあげた人?」「しーっ。昔の話よ」「せっかくだからもう少しお話をすれば良かったのに」「ダメよ。お昼時だから忙しいでしょ」。普段とは打って変わって寡黙になったミネさんと蕎麦を食べた。食べ終わる頃になって、急に雨が降り出した。すると、白髪の店主がやってきて、「雷が鳴り始めたから、雨が止むまで店に居たらいいよ。これ、サービス。ゆっくりしてってね」と抹茶のアイスクリームをテーブルに置いた。ミネさんは「悪いからいいわよ」と言ったが、さっと手を振って厨房に戻ってしまった。
私は小声でミネさんに言う。「お店が空いてきたから、また呼び出せばもう少しお話ができるかもよ。私、なにか追加で注文しようか?」「いやいや、いいわよ。話すことなんてないし」「ちょっと、いつものミネさんはどこに行っちゃたの?私には、何でもいいから喋れとか言っておいて」「あのね、私はもともとシャイで無口なのよ。ほら早くアイス食べなさい」。
結局、ミネさんは白髪の君とは大した会話もせず店を出た。「あー、緊張して何を食べたか分からないわ。でも、格好いい顔が見られて良かった」。ミネさんは、車を運転しだすとすぐにまた喋り始めた。「そうよ。別に喋らなくても、見てるだけでいいのよ。目の保養よ。次はテニス仲間と一緒に行こうかな」。確かに、旦那様がいるミネさんが白髪の君と親しくなり過ぎては困る。憧れは、憧れのままで良いのだと思った。
中世の騎士は、妻とは別に憧れの女性を一人だけ生涯にわたり崇拝し続ける。ミネさんにとっては、白髪の君がそういう存在なのだろう。恋愛関係にならなかったからこそ憧れ続けることができ、相手が白髪になってもその気持ちは変わらない。白髪の君の前では、シャイな高校生に戻ってしまうミネさんを微笑ましく思った。
(篠崎央子)
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【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。

【篠崎央子のバックナンバー】
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>>〔204〕夏蜜柑剝きし指より酢つぱき吻 坂内里桜
>>〔203〕主治醫に伝えむ黄蝶白蝶の籃輿 金子皆子
>>〔202〕先生それは白い雛菊カモミール 金子皆子
>>〔201〕日常や椿一輪が重たし 金子皆子
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>>〔197〕仮りにだに我名しるせよ常陸帯 松瀬青々
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>>〔192〕愛人を水鳥にして帰るかな あざ蓉子
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>>〔174〕いじめると陽炎となる妹よ 仁平勝
>>〔173〕寄り添うて眠るでもなき胡蝶かな 太祇
>>〔172〕別々に拾ふタクシー花の雨 岡田史乃
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>>〔170〕逢ふたびのミモザの花の遠げむり 後藤比奈夫
>>〔169〕走る走る修二会わが恋ふ御僧も 大石悦子
>>〔168〕薄氷に書いた名を消し書く純愛 高澤晶子
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