落花無残にみやこは遠き花嵐 秦夕美/藤原月彦【季語=落花(春)】

落花無残にみやこは遠き花嵐

秦夕美/藤原月彦


今日の一句は「夕月譜(秦夕美・藤原月彦 共著、ふらんす堂、2019年)」の中から。

作者名を二人にしているのは、もともと共同制作で作られた連作であり、「どの句をどちらがつくっていたのか、完全に思い出せなくなっている」(後書きより)ため。

秦夕美の句集を集めている。なかなか正規の手段では手に入らなくて、古本屋やネットなどでこつこつ探している。

いま手元にあるのは、秦夕美と藤原月彦の共著である「夕月譜」という薄い本だけだ。まず形が変わっていて、ふつう本は縦長であるのに、ほぼ正方形をしている。この形であるのには理由がある。ほとんどは1Pに一作品が入るようにしてあり、その連作のかたちが正方形になるように、つまり横に13句並び、1句あたりが13字で表記されるようにしてある(文字としては13字×13字の正方形になっている)。かつ、月・花・雪といったテーマの字が図形になって連作の中に現れるようにしてあるのだ。

たとえば、P11では

後朝のあはき影いかにせむ

味真野の初まなかひに

巡り逢ふあれど恨めしき

と、花という字がだんだんと二手に別れてゆき、さらに進む方向を変えて最終的にはめぐりあう。全体で見ると、正方形の連作のなかに「花」という文字だけで小さい正方形が構成されるようになっている。この連作はそういう形だけどそれだけではない。それぞれの連作の中に同じ文字による図形が示されたり(月の連作では月という文字が一字ずつ下がっていき、13×13字の正方形を斜めに横切るように見えたりする)、頭韻と脚韻を同時に踏んだり、定家の和歌を下敷きにして連作の頭文字に取っていたり、様々な試みがなされている。試みというより神々の遊び(超絶技巧)を見せていただいている、という感じ。

いやー、まず13句作るときに、すべてを13字の表記にすることができないじゃん、ふつうの人には。さらにその中で月の字や花の字を2文字目に入れ、3文字目に入れ、って一字ずつ下げていったりなんてさらにむずかしい。すごいことをやっている。それでいて句のトーンが揃っており、耽美的で古典的な雰囲気が壊れていない。いつかどこかでやってみたいけど、こんなに典雅にうつくしく完成させられる自信がない。

この本をぱっとひらいた時の、絢爛たる印象といったら…。句の耽美的・古典的な内容も形式によく合っていて、宝物のような一冊。

佐々木紺


【執筆者プロフィール】
佐々木紺(ささき・こん)
1984年生、「豆の木」同人。2022年、第13回北斗賞受賞。2023年、「雪はまぼろし」20句で豆の木賞受賞。2024年、句集「平面と立体」刊行、島根「書架 青と緑」で展示「夜の速度」(山口斯×佐々木紺)。俳句一句の入った小箱「haiku souvenir」(紙屋)発売中。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



【2025年3月のハイクノミカタ】
〔3月1日〕木の芽時楽譜にブレス記号足し 市村栄理
〔3月2日〕どん底の芒の日常寝るだけでいる 平田修
〔3月3日〕走る走る修二会わが恋ふ御僧も 大石悦子
〔3月4日〕あはゆきやほほゑめばすぐ野の兎 冬野虹
〔3月5日〕望まれて生まれて朧夜にひとり 横山航路
〔3月6日〕万の春瞬きもせず土偶 マブソン青眼
〔3月8日〕下萌にねぢ伏せられてゐる子かな 星野立子
〔3月9日〕木枯らしの葉の四十八となりぎりぎりでいる 平田修
〔3月10日〕逢ふたびのミモザの花の遠げむり 後藤比奈夫

【2025年2月のハイクノミカタ】
〔2月1日〕山眠る海の記憶の石を抱き 吉田祥子
〔2月2日〕歯にひばり寺町あたりぐるぐるする 平田修
〔2月3日〕約束はいつも待つ側春隣 浅川芳直
〔2月4日〕冬日くれぬ思ひ起こせや岩に牡蛎 萩原朔太郎
〔2月5日〕シリウスを心臓として生まれけり 瀬戸優理子
〔2月6日〕少し動く/春の甍の/動きかな 大岡頌司
〔2月7日〕無人踏切無人が渡り春浅し 和田悟朗
〔2月8日〕立春の佛の耳に見とれたる 伊藤通明
〔2月9日〕はつ夏の風なりいっしょに橋を渡るなり 平田修
〔2月11日〕追羽子の空の晴れたり曇つたり 長谷川櫂
〔2月12日〕体内にきみが血流る正坐に耐ふ 鈴木しづ子
〔2月13日〕出雲からくる子午線が春の猫 大岡頌司
〔2月14日〕白驟雨桃消えしより核は冴ゆ 赤尾兜子
〔2月15日〕厄介や紅梅の咲き満ちたるは 永田耕衣
〔2月16日〕百合の香へすうと刺さってしまいけり 平田修
〔2月18日〕古本の化けて今川焼愛し 清水崑
〔2月19日〕知恵の輪を解けば二月のすぐ尽きる 村上海斗
〔2月20日〕銀行へまれに来て声出さず済む 林田紀音夫
〔2月21日〕春闌けてピアノの前に椅子がない 澤好摩
〔2月22日〕恋猫の逃げ込む閻魔堂の下 柏原眠雨
〔2月23日〕私ごと抜けば大空の秋近い 平田修
〔2月24日〕薄氷に書いた名を消し書く純愛 高澤晶子
〔2月25日〕時雨てよ足元が歪むほどに 夏目雅子
〔2月27日〕お山のぼりくだり何かおとしたやうな 種田山頭火
〔2月28日〕津や浦や原子爐古び春古ぶ 高橋睦郎

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