
バスを待つ人と桜を仰ぎをり
黛まどか
「遠く離れていても同じ空を見ている」とか「同じ月を見ている」という詩的把握はもはや見飽きてしまったが、何度出会ってもその真実には心が救われる。
桜についてはどうだろうか。人は桜を見れば指をさし、足をとめ、仰ぎ、撮り、声をあげ、見入る。俳人は俳句を作る。月とは違って全く同じものを見ているわけではないし、桜も一樹一樹違うので「同じ桜を見ている」とは言い難い。
しかし、見ている桜同が必ずしも皆同じである必要はないような気もする。どちらかといえば今年の桜は今年しか見ることができず、訪れた先の桜はその場所でしか見ることができないからこその感慨がある。同じでないことが桜を見る必然性となっているのかもしれない。
月や空を見て遠く離れている人のことを思う時、思い浮かぶ人は限られてくるだろう。それに対して桜をじっと見ていると浮かんでくる人の顔は不特定だ。その不特定枠には思いを寄せる人も鬼籍に入った人も赤の他人も入ることができる。物理的距離が近いだけに迫ってくるような感覚もある。
バスを待つ人と桜を仰ぎをり
桜の木の下のバス停でバスを待っている。ここを目指して歩いてくる時からずっと間近で見るつもりだった。桜を仰ぎ、じっくりと見ていると気が付けば隣に並ぶ人も桜を仰いでいる。桜を通して、言葉にしない交流がそこにはある。
「バスを待つ人」という呼び方には距離を感じる。たまたま居合わせた人であり、バスに乗って下車しまったらそれっきりになるのだろう。しかし共に桜を仰いだ時間は確かにあったのだ。
一方で、心を寄せる人をあえて客観的に言い留めたと読むこともできる。甘さを見せることのない隙のない表現だ。この解釈に行き当たった時、句の魅力が一気に深度を増した。
隣で待っている人も桜を仰いでいる。発端はそれだけのことだったのかもしれない。それをシンプルかつ適格に言い表すことで句としての大きな受け皿が整ったのだ。
〈バスを待ち大路の春をうたがはず 波郷〉を思わずにはいられない。共に仰いでいるのはバスを待つ波郷なのかもしれない。
あとがきによると、「北楽師門(ほくらくしもん)」とはみなみのうお座のα星、フォーマルハウトの中国名。旧都長安の城の北門をさす。よく見ると表紙に「Fomalhaut」の文字がある。俳句で世界とつながる活動を続けるまどかさんは星を見ながら桜にも心を寄せているのだ。
(吉田林檎)
【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)。
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