ハイクノミカタ

鵺一羽はばたきおらん裏銀河 安井浩司


鵺一羽はばたきおらん裏銀河

安井浩司
(『宇宙開』平成26年)

裏メニューというものがある。主に店の常連になったり注文時に特殊な合言葉を述べることなどで、通常のメニューに存在しない商品をオーダーできることを言う。近年では、スタバの凝ったカスタマイズや丸亀製麺のトッピングの組み合わせといったものも裏メニューと呼ぶらしい。

僕が学生時代に通っていた立ち飲み屋にも、いわゆる裏メニュー的なものがいくつかあった。その一つに、「ヤバチュー」というものがある。

そのお店は食べ物も飲み物も全て2〜300円程度という驚異的な安さで、主に近所の常連が1〜2人でやってきてくだを巻いている。そういったコンセプトのため、ドリンクのグラスやフードメニューの大きさがやや小さいのが特徴である。

そのお店の何より危険なところは、お酒の濃さにある。割りものの焼酎は品質本位、宮﨑酒店のキンミヤ焼酎を使っているのだが、量がおかしい。前述した小さめのジョッキに、中ジョッキ用のディスペンサーを2プッシュ(2杯分)入れるのである。たとえばウーロンハイなどは、ジョッキの7割を占める焼酎に烏龍茶で色をつけた程度の代物だ。

そしてヤバチューである。まずここのチューハイは2プッシュのキンミヤをベースに白ワインと炭酸を加えた悪魔的な飲み物なのだが、常連のみに注文を許されたヤバチューが意味するところは「焼酎のチューハイ割り」である。

ジョッキにキンミヤを1プッシュしたところをスタート地点として、先ほどのチューハイを作る。つまり、3プッシュの焼酎+白ワイン+炭酸といった構成のスーパードリンクが完成する。当然炭酸水の入る余地などほとんどなく、キンミヤのロックとワインの混ぜ物と言ってもいい。

裏メニューの魅力とは、その特別感にある。言うまでもないことだが、その裏メニューが美味しいかどうかはさして重要ではない。自分は今、普通では口にできないものを食べている。つまり、自分はただ者ではないという高揚感(錯覚)に人は惹かれてしまう。

鵺一羽はばたきおらん裏銀河
安井浩司

安井浩司は重信の『俳句評論』を経て、『ユニコーン』『騎』といった同人の立ち上げに参加した。しばしば難解と評されるのは、シュルレアリスム的なランダム生成とも徹底的な花鳥諷詠と取り合わせによる超自然的な詩性の創出とも異なる、俳句表現が持つ未知の地平を見出そうとしたその姿勢ゆえだろう。

揭句は架空の生物である鵺の羽ばたきによって暗然たる空に目を向けさせるが、最終的な力点は「裏銀河」に置かれている。肉眼で見えるほど煌々と輝く銀河…ではなく、その裏側。目に見えないものに手を伸ばしたくなってしまうのは、人の性と言ってもいいだろう。

細村星一郎


【執筆者プロフィール】
細村星一郎(ほそむら・せいいちろう)
2000年生。第16回鬼貫青春俳句大賞。Webサイト「巨大」管理人。


【細村星一郎のバックナンバー】
>>〔12〕坂道をおりる呪術なんかないさ 下村槐太
>>〔11〕妹に告げきて燃える海泳ぐ 郡山淳一
>>〔10〕すきとおるそこは太鼓をたたいてとおる 阿部完市
>>〔9〕性あらき郡上の鮎を釣り上げて 飴山實
>>〔8〕蛇を知らぬ天才とゐて風の中 鈴木六林男
>>〔7〕白馬の白き睫毛や霧深し 小澤青柚子
>>〔6〕煌々と渇き渚・渚をずりゆく艾 赤尾兜子
>>〔5〕かんぱちも乗せて離島の連絡船 西池みどり
>>〔4〕古池やにとんだ蛙で蜘蛛るTELかな 加藤郁乎
>>〔3〕銀座明るし針の踵で歩かねば 八木三日女
>>〔2〕象の足しづかに上る重たさよ 島津亮
>>〔1〕三角形の 黒の物体オブジェの 裏側の雨 富沢赤黄男


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