雪解川暮らしの裏を流れけり 太田土男【季語=雪解川(春)】


雪解川暮らしの裏を流れけり

太田土男


住宅地の中を流れるような小さな川であろう。ふだんは水量も少なく、川の存在など人々の意識にのぼることもないような川。両岸には草が繁茂し、流れを覆い隠そうとしているような。

それが雪解けの頃になれば、どこから集まってくるのかというほどの水が流れ、水音を、自らの存在を主張するようにあたりに響かせる。日々の暮らしのなか、たとえばベランダに洗濯物を干すときなどにもその音が聞こえてきて、遠い山では今まさに雪解けの季節が到来していることを知らせる。

学校へ行く、いつもは橋であることも意識せずに渡っている子どもたちも、思わず欄干から川を見下ろしてしまう。ところどころ渦を巻いて流れる水をずっと見ていると、どこか別の世界に引き込まれるような気がしてくる。でもそれもひとときのこと。またすぐに友達とじゃれ合いながら学校へと向かう。

人の日常はちっとも変わらず大した出来事も起こらないけれど、季節は確実に進んでいるのである。

「草泊り」(2020年)所収。

鈴木牛後


【執筆者プロフィール】
鈴木牛後(すずき・ぎゅうご)
1961年北海道生まれ、北海道在住。「俳句集団【itak】」幹事。「藍生」「雪華」所属。第64回角川俳句賞受賞。句集『根雪と記す』(マルコボ.コム、2012年)『暖色』(マルコボ.コム、2014年)『にれかめる』(角川書店、2019年)


【鈴木牛後のバックナンバー】
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>>〔22〕引越の最後に子猫仕舞ひけり      未来羽
>>〔21〕昼酒に喉焼く天皇誕生日       石川桂郎
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>>〔12〕懐手蹼ありといつてみよ       石原吉郎
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>>〔8〕馬孕む冬からまつの息赤く      粥川青猿
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>>〔6〕人の世に雪降る音の加はりし     伊藤玉枝
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>>〔3〕胸元に来し雪虫に胸与ふ      坂本タカ女
>>〔2〕糸電話古人の秋につながりぬ     攝津幸彦
>>〔1〕立ち枯れてあれはひまはりの魂魄   照屋眞理子


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