星座になれば幸せですか秋の果 このはる紗耶【季語=秋の果(秋)】


星座になれば幸せですか秋の果

このはる紗耶


幼い頃、図鑑を読むのが好きでした。自宅の本棚にあったのは、小学館の図鑑NEOシリーズ。『昆虫』、『恐竜』、『大むかしの生物』等どのシリーズも面白かったのですが、私は『星と星座』が特に好きで、当時は何度も何度も読み返しました。父が趣味で天体観測をしていたので、流星群が見える日やどこかの惑星が地球に近づく日には『星と星座』の付録の星座早見表を携え、庭に望遠鏡を出して一緒に観察をしたのも良い思い出です。望遠鏡の性能が低く、「たぶんこのぼやっと赤いのがアンタレスだと思う…」くらいの緩い天体観測でしたが、星座早見表をくるくると回しながら見上げる夜空には、毎回わくわくさせられました。

そんな父との天体観測が楽しかったからというのもありますが、私が『星と星座』を好きだった理由はそれだけではありません。この図鑑には、天文学のお勉強の内容に加えて、星座にまつわる日本の神話やギリシャ神話も多数収録されていたのです。コラムのような形で小さく掲載されていた神話の数々。当時ファンタジー小説や漫画を読むのが大好きだった私は、神々の世界の物語に夢中になりました。人や動物、ものなどが星座になった経緯を知るのも面白かったですし、「オリオンは毒蠍に殺されたから、蠍座が夜空に上がってくるとオリオン座は沈んでいく」といった星座同士の関係性まで分かってくると、夜空がまるで大きな絵本のように思えて、ロマンを感じました。ただ、こうして今思い返してみると、確かに「神が亡くなった英雄を称えて」だとか、「争いで亡くなった人を気の毒に思って」といった理由で星座にしてあげました、と終わる話が多かったように思います。ギリシャ神話の中では、星座にしてあげることが死者に対する弔いになると考えられていたのでしょう。当時は星座になったらすべて良しということなのだろうかという疑問は持ちつつも、夜空に自分の生きた証が残るのは凄いことだ!と純粋に受け止めていました。

さて、前置きが長くなりましたが、こちらの「星座になれば幸せですか秋の果」という俳句。作者は、星座になるという結末に対して「幸せですか」という切実な問いを私たちに投げかけています。独り言のようにも聞こえる、この「幸せですか」という言葉。作者は星座になれたところで幸せではないだろうと分かっていながら、「幸せになれるよ」という誰かからの答えを待っているようにも思えます。

「〇〇すれば(ならば)、××ですか」という構文は、日常の中でもよく耳にしますよね。たとえば、「お金持ちになれば、幸せですか」、「勉強ができれば、偉いのですか」、「その年収が貰えたら、満足ですか」など。この構文は、目にした人に気づきを与えるキャッチコピーとして有効です。しかし、こちらに挙げた例だと詩としては成立していません。一方で、「星座になれば」という非現実的な仮定になると、そこには詩情が発生します。

世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし
(世の中にもし桜がなかったならば、春を過ごす心はどれほどのどかだろうか)

こちらは、在原業平の有名な反実仮想の短歌です。世の中にもし桜というものが存在しなかったのならば、という大胆な仮定。これがもし世の中に税金がなかったならばだと、人が作り出した仕組みの話になるので、現実的でつまらないですよね。世界から嘘がなくなれば、烏がすべて白くなったならばなど、「〇〇すれば(ならば)」の仮定が現実から離れていればいるほど、詩を帯びてくるといえるでしょう。しかし、とにかくぶっ飛んだ発想であれば良いというものでもなく、ギリシャ神話を下敷きにした「星座になれば」というフレーズは読者の共感と気づきのバランスが絶妙であると思います。

秋の果のもの寂しい空気。夜空には、アンドロメダ座やカシオペヤ座といった星座が瞬いています。何かつらいことがあったときに掲句を読めば、同じ夜空を見上げながら、同じように思い悩む人がいるのだと勇気づけられるでしょう。私は俳句を、日々の生活の中での気づきや、ちょっとした救いを与えてくれるものだと考えています。つらくなったときには、星座にならなくとも幸せになれるのだと思えるまで、掲句の作者が寄り添ってくれる。こういった心に寄り添ってくれる俳句を詠むと、俳句を好きでよかったと思います。

(第4回ヒマラヤなんちゃって句会 句集前編「ユグドラシル」より)

斎藤よひら


【執筆者プロフィール】
斎藤よひら(さいとう・よひら)
1996年 岡山県にて生まれる。
2018年 大学四年次の俳句の授業をきっかけに作句を始める。
第15回鬼貫青春俳句大賞受賞。
2022年 「まるたけ」に参加。
2023年 第15回石田波郷新人賞角川『俳句』編集長賞受賞。
2024年 「青山俳句工場05」に参加。

◇E-mail:kaodori1121@gmail.com
◇X @saito_yohira
◇Instagram @saito_yohira
◇Threads @saito_yohira
◇TikTok @kaodoleu24b


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



【2024年9月の火曜日☆千野千佳のバックナンバー】
>>〔10〕寝ようかと思うてすごす夜長かな 若杉朋哉

【2024年9月の水曜日☆進藤剛至のバックナンバー】
>>〔5〕生涯のいま午後何時鰯雲 行方克巳
>>〔6〕スタートライン最後に引いて運動会 塩見恵介

【2024年9月の木曜日☆斎藤よひらのバックナンバー】
>>〔6〕彼岸花みんなが傘を差すので差す 越智友亮

【2024年8月の火曜日☆村上瑠璃甫のバックナンバー】
>>〔6〕泉の底に一本の匙夏了る 飯島晴子
>>〔7〕秋の蚊を打ち腹巻の銭を出す 大西晶子
>>〔8〕まひるまの秋刀魚の長く焼かれあり 波多野爽波
>>〔9〕空へゆく階段のなし稲の花 田中裕明

【2024年8月の水曜日☆進藤剛至のバックナンバー】
>>〔1〕そよりともせいで秋たつことかいの 上島鬼貫
>>〔2〕ふくらかに桔梗のような子が欲しや 五十嵐浜藻
>>〔3〕朝涼や平和を祈る指の節 酒井湧水
>>〔4〕火ぶくれの地球の只中に日傘 馬場叶羽

【2024年8月の木曜日☆斎藤よひらのバックナンバー】
>>〔1〕この三人だから夕立が可笑しい 宮崎斗士
>>〔2〕僕のほかに腐るものなく西日の部屋 福田若之
>>〔3〕すこし待ってやはりさっきの花火で最後 神野紗希
>>〔4〕泣き止めばいつもの葡萄ではないか 古勝敦子
>>〔5〕魔がさして糸瓜となりぬどうもどうも 正木ゆう子

【2024年7月の火曜日☆村上瑠璃甫のバックナンバー】
>>〔1〕先生が瓜盗人でおはせしか 高浜虚子
>>〔2〕大金をもちて茅の輪をくぐりけり 波多野爽波
>>〔3〕一つだに動かぬ干梅となりて 佛原明澄
>>〔4〕いつの間にがらりと涼しチョコレート 星野立子
>>〔5〕松本清張のやうな口して黒き鯛 大木あまり

【2024年7月の木曜日☆中嶋憲武のバックナンバー】
>>〔5〕東京や涙が蟻になってゆく 峠谷清広
>>〔6〕夏つばめ気流の冠をください 川田由美子
>>〔7〕黒繻子にジャズのきこゆる花火かな 小津夜景 
>>〔8〕向日葵の闇近く居る水死人 冬野虹

関連記事