麻薬うてば十三夜月遁走す 石田波郷【季語=十三夜(秋)】


麻薬うてば十三夜月遁走す

石田波郷

先週の土曜日、東京都小金井公園内にある「江戸東京たてもの園」を吟行した。ここは文化的価値の高い歴史的建造物を移築し、復元、保存、展示する博物館である。園内は三つのゾーンに区分けされ、センターゾーンは園の出入口になるビジターセンターや高橋是清邸などの歴史を伝える建物が復元・展示され、東ゾーンは江戸時代から昭和初期の商家・銭湯・居酒屋など下町の風情を味わえる建物、西ゾーンは洋館や茅葺の民家が再現されている。

吟行当日は気温25℃以上の夏日であり、秋よりも夏を感じる陽気であった。そんななかでも秋を感じるものとして、茅葺き民家の一つである綱島家の「十三夜飾り」が目を引いた。十三夜とは旧暦9月13日夜の月のことで、旧暦8月15日夜の月(十五夜)に対して「後の月」と呼ばれている。この十三夜は、十五夜と同じく月見する習慣があり、ススキを飾り月見団子やこの時期に収穫を迎える大豆や栗が供えられる。歳時記には、秋(10月)の季題として「後の月」、傍題に十三夜、栗名月、豆名月があるが、栗や豆は供物に由来している。

綱島家の「十三夜飾り」はススキ、秋桜、南天の実などの季節の花が花器にいけられ、その横に月見団子はなく毬栗、剥き栗、柿、皮付きの里芋が円形の皿に並べられていた。剥き栗と里芋は13個ずつ供えられ、十三夜飾りだと分かる。昔は子供が供物を取って食べたのを、周りのものは見て見ぬふりし、神様が食べたと考えたようだ。

麻薬うてば十三夜月遁走す 石田波郷

病気療養中の波郷は麻薬(鎮痛剤)を注射され、目が覚めると十三夜の月は走り去ってしまったという句である。術後の痛みがひどく、鎮痛剤をうって漸くうとうとしていたら、その間に後の月が逃げ去り、闇夜が広がっていた。例年であれば、十三夜のころはうすら寒く、何となく寂しい気持ちになり、十五夜を称賛する心持ちとは異なる。掲句は十三夜の何となく寂しい季感と術後の痛みで苦しむ波郷の気持ちが交錯した句である。

今年は10月15日が十三夜、17日が満月である。昨夜、空を見上げると東京は朧げなスーパームーンが輝いていた。

塚本武州



【執筆者プロフィール】
塚本武州(つかもと・ぶしゅう)
1969 年、立川市生まれ。書道家の父親が俳号「武州」を命名。茶道家の母親の影響で俳句を始める。2000年〜2006年までイギリス、フランス、2011年〜2020年までドイツ、シンガポール、台湾に駐在。帰国後、本格的に俳句を習い、2021年4月号より俳誌『ホトトギス』へ出句。現在、社会人学生として、京都芸術大学通信教育部文芸コース及び博物館学芸員課程を履修中。国立市在住。妻と白猫(ユキ)の3人暮らし。



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