ハイクノミカタ

杉の花はるばる飛べり杉のため 山田みづえ【季語=杉の花(春)】


杉の花はるばる飛べり杉のため

山田みづえ

この時期に「杉」と聞くだけで、目がしょぼしょぼし、鼻水が出る。そう、まるで条件反射的に、スギ花粉を思い出すからである。スギ花粉症は国民の約4割が罹患する「国民病」となっている。政府の試算によると、花粉症による生産低下は1日あたり2,215億円の経済損失を招くらしい。そのため、林野庁は花粉を飛散させるスギ人工林の伐採、花粉の少ない苗木を植えるなどの取り組みを行っている。ただ、日本には441万ヘクタール(東京ドーム9,423個分)のスギ人工林が存在しており、すべて植え替えようとしても相当な時間が必要である。

杉で思い出すのが、屋久島の縄文杉だが、こちらも花粉症の原因になるらしい。ただ、屋久島はもともと雨が多く花粉が飛びにくいので花粉症が出にくい環境だそうだ。そもそも、樹齢5千年、世界自然遺産に指定され、根回りが43メートルあるので、簡単には植え替えできない。

杉の花はるばる飛べり杉のため 山田みづえ

スギ花粉は数十キロメートルの距離を飛ぶと考えられ、掲句の「はるばる飛べり」は、その距離を飛んできたと解釈できる。この句における作者の立ち位置は、杉の花が、着地したところではなく、飛ぶところにいると考えられる。大量の花粉が風に乗って飛び、林全体が黄色く見える、そんな光景を詠んだのであろう。その杉の花を見て、将来のため、子孫を残すため、杉を残すために飛ぶと言い切っている。下五の「杉のため」がこの句を引き締めている。

さて、今週末の天気予報は晴れ、気温は20度近くまで上がる。スギ花粉がはるばる飛んでくるので、しっかり対策を。では良き週末を。

塚本武州



【執筆者プロフィール】
塚本武州(つかもと・ぶしゅう)
1969 年、立川市生まれ。書道家の父親が俳号「武州」を命名。茶道家の母親の影響で俳句を始める。2000年〜2006年までイギリス、フランス、2011年〜2020年までドイツ、シンガポール、台湾に駐在。帰国後、本格的に俳句を習い、2021年4月号より俳誌『ホトトギス』へ出句。現在、社会人学生として、京都芸術大学通信教育部文芸コース及び博物館学芸員課程を履修中。国立市在住。妻と白猫(ユキ)の3人暮らし。


【塚本武州のバックナンバー】
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>>〔53〕屋根の上に明るき空やパリの春 コンラツド・メイリ
>>〔52〕雪が来るうさぎの耳とうさぎの目 青柳志解樹
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>>〔49〕初旅の富士より伊吹たのもしき 西村和子
>>〔48〕ポテサラの美味い雀荘大晦日 北大路翼
>>〔47〕絶叫マシーンに未婚既婚の別なく師走 村越敦
>>〔46〕永遠とポップコーンと冬銀河 神野紗希
>>〔45〕酔うて泣きデザートを食ひ年忘 岸本尚毅
>>〔44〕いつせいに柱の燃ゆる都かな 三橋敏雄
>>〔43〕鍋物に火のまはり来し時雨かな 鈴木真砂女
>>〔42〕あたゝかき十一月もすみにけり 中村草田男
>>〔41〕向日葵をつよく彩る色は黒 京極杞陽
>>〔40〕つれづれのわれに蟇這ふ小庭かな 杉田久女
>>〔39〕べつたら市糀のつきし釣貰ふ 小林勇二
>>〔38〕新蕎麦のそば湯を棒のごとく注ぎ 鷹羽狩行
>>〔37〕コスモスや泣きたくなつたので笑ふ 吉田林檎
>>〔36〕月かげにみな美しき庭のもの 稲畑汀子
>>〔35〕ラグビーのゴールは青き空にあり 長谷川櫂
>>〔34〕コスモスを愛づゆとりとてなきゴルフ 大橋 晄
>>〔33〕秋めくや焼鳥を食ふひとの恋  石田波郷
>>〔32〕めちやくちやなどぜうの浮沈台風くる 秋元不死男
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>>〔30〕おもかげや姨ひとりなく月の友 松尾芭蕉
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>>〔27〕買はでもの朝顔市も欠かされず 篠塚しげる
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>>〔1〕一月や去年の日記なほ机辺     高濱虚子

【初代金曜日・阪西敦子のバックナンバー】

>>〔118〕【最終回】なぐさめてくるゝあたゝかなりし冬    稲畑汀子
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>>〔116〕傾けば傾くまゝに進む橇                         岡田耿陽
>>〔115〕風邪ごもりかくし置きたる写真見る     安田蚊杖
>>〔114〕舟やれば鴨の羽音の縦横に                    川田十雨
>>〔113〕つはの葉につもりし雪の裂けてあり     加賀谷凡秋
>>〔112〕毛帽子をかなぐりすててのゝしれる     三木朱城
>>〔111〕牡蠣舟やレストーランの灯をかぶり      大岡龍男
>>〔110〕梁折れて頬を打つあり鶉追ふ                三溝沙美
>>〔109〕桔梗やさわや/\と草の雨                楠目橙黄子
>>〔108〕鳥屋の窓四方に展けし花すゝき         丹治蕪人
>>〔107〕秋めくやあゝした雲の出かゝれば          池内たけし
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>>〔105〕淋しさに鹿も起ちたる馬酔木かな      山本梅史
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>>〔56〕鵙の贄太古のごとく夕来ぬ      清原枴童
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>>〔19〕梅ほつほつ人ごゑ遠きところより  深川正一郎
>>〔18〕藷たべてゐる子に何が好きかと問ふ  京極杞陽
>>〔17〕酒庫口のはき替え草履寒造      西山泊雲
>>〔16〕ラグビーのジヤケツの色の敵味方   福井圭児
>>〔15〕酒醸す色とは白や米その他     中井余花朗
>>〔14〕去年今年貫く棒の如きもの      高浜虚子
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>>〔12〕蔓の先出てゐてまろし雪むぐら    野村泊月
>>〔11〕おでん屋の酒のよしあし言ひたもな  山口誓子
>>〔10〕ストーブに判をもらひに来て待てる 粟津松彩子
>>〔9〕コーヒーに誘ふ人あり銀杏散る    岩垣子鹿
>>〔8〕浅草をはづれはづれず酉の市   松岡ひでたか
>>〔7〕いつまでも狐の檻に襟を立て     小泉洋一
>>〔6〕澁柿を食べさせられし口許に     山内山彦
>>〔5〕手を敷いて我も腰掛く十三夜     中村若沙
>>〔4〕火達磨となれる秋刀魚を裏返す    柴原保佳
>>〔3〕行秋や音たてて雨見えて雨      成瀬正俊
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>>〔1〕やゝ寒し閏遅れの今日の月      松藤夏山




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