冬麗や泣かれて抱けば腹突かれ 黒岩徳将【季語=冬麗(冬)】


冬麗や泣かれて抱けば腹突かれ

黒岩徳将
『渦』

作者は、平成2年兵庫県神戸生まれ。16歳の時に夏井いつき氏に出会い、俳句創作を開始。第五・六回石田波郷新人賞奨励賞受賞。第三回俳句大学新人賞特別賞受賞。「いつき組」「街」所属。現代俳句協会青年部長。西東三鬼賞選者。

黒岩さんに初めて会ったのは、小諸日盛俳句祭であった。当時はまだ大学一年生の未成年だったが、大人びた雰囲気を纏っていた。すらりと背が高く、笑顔が素敵な好青年という印象だ。妙齢の女性俳人に「あの方は、お知り合いなの?紹介して下さる」と聞かれたぐらいだから、かなり目立っていたのだろう。ほどなくして、芝不器男賞の公開選考会の会場で再会した。俳句甲子園出身の学生を引き連れており、すでに超若手のリーダー的存在であることを察した。その後もいくつかの俳句イベントで顔を合わせた。毎回違うタイプのカワイ子ちゃんを数人連れてやってくる。本当のことは分からないけれども、どの女の子も恋人ではなかったらしい。とりあえず、黒岩さんから紹介された女性達を「黒岩ガールズ」と呼んでいた。ある時は、爽やかボーイズを引き連れて吟行句会に参加してきた。俳句アイドル事務所の社長にでもなるのかと思っていたら、現代俳句協会青年部長になっていた。私が勝手に名付けた黒岩ガールズ&ボーイズは、みな俳壇でご活躍中である。

先日は、私の主催する恋の句会にも若い仲間の方々とご参戦下さった。黒岩アイドル事務所所属俳人(これまた勝手に命名)達の句は俳句の大人たちを圧倒する詠みぶりで、会は盛り上がった。黒岩プロデューサー恐るべし。

令和6年5月、17年間の句をまとめた第一句集『渦』を出版。若々しい感性と現代を切り取った描写、そして自在な表現力が高い評価を得ている。

  白玉やバンド解散しても会ふ

  職捨つる九月の海が股の下

  強きハグ強く返すや海苔に飯

バンドの解散後を詠むのも斬新だが、〈白玉〉という季語の斡旋が見事である。同じ器の中で浮かぶ白玉は、それぞれ違う形をしている。白玉の甘さに青春性がある。〈職捨つる〉の句も、失業ではなく自分から切り捨てたのが現代の若者らしい。股の下には、新しい季節へと広がる海がある。〈強きハグ〉もまた、若い男同士の友情を感じさせる。〈海苔に飯〉がいかにも無造作な男飯であり、海苔と飯の離れがたさが響く。

  椎茸やパーマがかつこいいつてさ

  とろろ汁俺が言ふのもあれやけど

口語体の句にも工夫がある。校則で禁止されているパーマをかけたがるのは、ナンパなモテ男子だ。「かっこいい」と女子が騒いでいるのを冷ややかに眺めつつ、椎茸っぽいと思ったのだろう。〈椎茸〉でこんな可笑しい句を詠めるとは天才的である。関西出身の作者が関西弁を話しているところを見たことがない。とろろ汁を一緒に食べるような親しい人の前では咄嗟に方言が出るのだろう。〈あれやけど〉という表現には、関西弁特有の柔らかさがある。とろろ汁が相手に告げなければならない言葉の確信を優しく覆っている。

  ぎぼうしやピアノを辞めし指の数

  この中に頭痛のしやぼん玉あらむ

  形代に記す昔の筆名も

いくたびもの挫折をくり返し、若者は大人になってゆく。ピアノを弾いている時には沢山あると思っていた指が、実は限られていた数であったことの発見。擬宝珠の花の数が減ってゆく淋しさを新しい感覚で描写した。光を反射しつつ歪むしゃぼん玉は、頭痛の時に見える閃輝暗点のよう。若い時は、自分ではない自分を探すためにペンネームを変えることがある。形代に記すことで青春と決別しようとしたのだ。

作者は、その明るさや才能に似合わず、素朴で不器用な一面がある。恋には奥手だと発言していたこともあった。そこが魅力的でもあるのだが、男性の言うことを鵜呑みにしてはいけない。私はずっと、黒岩さんは硬派で俳句一筋の清童だと思い込んでいたのだ。『渦』には思いの外、多くの恋の句がある。

  冬麗や泣かれて抱けば腹突かれ   黒岩徳将

掲句は、若い男女の恋の一場面を描いている。泣かれたり、腹を突かれたりするほど愛されているのだ。季語の〈冬麗〉により、微笑ましい関係が見える。その句の前後には、甘い恋の表現が続く。

  懐炉ごと片手を覆ふ両手かな

  どちらからともなく凭れ冬の海

  追伸に雪だよと書き投函す

恋人の手が冷えていることに気が付き、懐炉を渡したのだろう。受け取ろうとする片手を両手で包み温めようとした。「君を守りたい」という男性の優しい心情が見えてくる。冷たい風に吹かれつつ無言で見つめる冬の海。愛を告げる代わりに凭れ合い、お互いの温もりを求めた。旅先から送る葉書に書く〈雪だよ〉という一言には、景色を共有したいと願う気持ちが込められている。メールで済ませないところに細やかな気遣いがある。

泣かせてしまうこともあるけれども、恋には誠実な作者である。

  さくらんぼ怪談の間も抱き合つて

  青島麦酒喧嘩しながら皿仕舞ふ

  背中より弱火にせよと秋の暮

恋人を抱きしめ続ける怪談。もしかしたら、怖いのは自分の方なのかも。さくらんぼのように密着しているのが微笑ましい。〈青島麦酒〉句は、恋の句ではなく中華料理店の厨房の景のようにも思える。バイト仲間のことなのか、喧嘩しつつもきちんと皿を仕舞っている。〈背中より〉の句では、弱火を指示されている。若い時は感情に走り過ぎる。恋にも弱火のゆっくりとした時間が必要だ。恋人の尻に敷かれそうな作者である。

  たんぽぽは僕が発見すみれは君

  犬が君嗅ぎ当ててゐる祭かな

  みどりの扉開けば君や春の昼

  踏切に腿上げの君夏始まる

  蕎麦殻枕ずらし昼寝の君起こす

句集にはたびたび〈君〉が登場する。これらの〈君〉は、特定の女性とは限らない。〈たんぽぽ〉の句の君は、恋人だろう。〈すみれ〉が奥ゆかしい。犬が嗅ぎ当てた〈君〉も恋人だ。犬に嫉妬しつつも犬になりたいのだ。〈みどりの扉〉は、田川飛旅子の〈非常口に緑の男いつも逃げ〉のオマージュと理解した。非常口の緑のランプに照らされた扉を開けたら〈君〉がいたのだ。もう逃げられない。なかなか開かない踏切に苛立ち、腿上げをする〈君〉。夏を待ちきれない女性のきらめくような躍動感が見える。〈蕎麦殻枕〉は、宿の枕か。昼間から何をしたのやら。誰かは分からないが〈君〉のことが大好きらしい。

  膝掛を広げて海の話かな

  花ミモザ呼鈴鳴らすまへに来る

  歯が眩しスイートピーと言ふ人の

  ブラウスの鹿爽やかに僕を見る

  コスモスのやうに話してくれたこと

愛しき〈君〉の影は句集のいたるところに散りばめられている。広げた膝掛に海を想起させる君は、きっと未来を感じさせる人。花ミモザのように明るい人。その人は、白い歯とスイートピーのような甘さを持つ。鹿の絵柄のブラウスを着る個性的な一面もありつつ、爽やかで真直ぐな人。コスモスの淡さと強さを兼ね備えた人。何だか、黒岩さんの好みの女性が分かってきた。

  書く前の手紙つめたし夕桜

  爽やかや綿飴越しに目が合つて

緊張感に包まれた片想いの時を経て、友人の延長のような同志のような恋は続く。

  サンダルで机の下に蹴り合へる

  柚の花や二人の家に同じ本

  揃ひけり磯鵯と言ひし声

べたべたの恋ではないところが若々しく、羨ましくもある。恋の句は、ロマンチックである必要はない。さり気ない瞬間から恋は深まり、永遠に一緒に居たいと願うものだ。共感し合えることは、恋の重要な要素である。同じものを見ること、発見すること、それを俳句に詠むことで恋を繋いだのだ。

  青林檎服を摑みしまま眠る

  おやすみと電話を切つて金魚見る

  頬ずりで凹んだやうな夏の月

少女のような雰囲気を見せる恋人は〈青林檎〉のようで、守りたい存在なのだ。逢えない夜の電話を切った後の空白を埋める〈金魚〉の鮮やかさ。欠けてゆく夏の月は、頬が凹むほど愛撫をした君のよう。恋人に淋しい想いをさせていることを分かっているからこそ生まれた恋の描写は、ちゃんと愛しき〈君〉に伝わっているのだろうか。

冬麗や泣かれて抱けば腹突かれ   黒岩徳将

私の鑑賞と同じぐらい遠回りを経て恋仲となった君のことを詠んだ一句。冬の日射しがきらきらと輝く暖かい昼に恋人を泣かせてしまったのだろう。待ち合わせの時間に遅れたのか、約束を破ってしまったのか、あるいは浮気がばれたとか。「ごめんごめん」と言いながら抱きしめたのだ。恋人を慰めるためには必要なスキンシップだ。その抱擁には「君のことが一番大切だよ」という想いも込められている。しかし、女性にはそんな誤魔化しは効かない。「ふざけないで」とでも言うべき、痛恨の腕突きにあう。きっと、急所を突かれるようなことをしでかしたのだ。

女性は、デートの日には最高に美しい自分を見て貰うために、数日間かけて準備をする。待ち合わせの際も少し早めに到着し、化粧室で入念なチェックをする。そんなことも知らずに男性が遅れて来たら泣きだしたくもなるし、ドタキャンをされた時には刺し殺したくもなる。抱きしめて「ごめんね」で済むことではないのだ。

俳句を詠むような男性はいつも俳句優先で遅刻もするし、ドタキャンもする。カワイ子ちゃんとの恋の噂も流れる。俳句一筋の男はつらいよ。恋人より俳句の方が大事かもしれないけれども、女の子を泣かせてはダメよ。

篠崎央子


篠崎央子さんの句集『火の貌』はこちら↓】


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓


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