毎月第1日曜日は、歌人・服部崇さんによる「新しい短歌をさがして」。アメリカ、フランス、京都、台湾、そして再び京都へと動きつづける崇さん。日本国内だけではなく、既存の形式にとらわれない世界各地の短歌に思いを馳せてゆく時評/エッセイです。

【第44回】
坊真由美『へしゃげトマト』(デザインエッグ、2025)十首選
服部崇(歌人)
2025年12月13日、大阪市北区民センターにおいて開催された坊真由美『へしゃげトマト』批評会に参加した。
「著者プロフィール」によると、坊真由美は福岡県北九州市出身、大阪府在住、1975年生まれ。短歌に出会ったのは2022年2月。短歌を始めてからわずか三年で歌集『へしゃげトマト』(デザインエッグ、2025)を発行した。
短期間で歌集の出版が可能になった理由として同歌集の出版形態の選択が挙げられる。同歌集の発行所はデザインエッグ株式会社。同社のホームページ(https://designegg.co.jp/)には、「たった4,980円だけで紙の本が出版できます。Wordを使ってPDFデータを作るだけ!とても簡単です。」とある。
同歌集は、第〇章、第一章、第二章、第三章、第四章から構成されている。
第一章では、生まれなかった兄と生と死をみつめる。
地球という気泡を知らず兄ちゃんの小さな肺は羊水を出る 12
母さんが切手のように剥ぎ取った一人が生まれるはずだった空 26
いらいらいらいちょうのははふりつづくこれ以上何ができるというの 35
一首目、生まれてこなかった兄に思いを寄せている。「地球という気泡」。地球は大きいのか小さいのかわかりにくいが、兄の肺は小さかっただろう。二首目、切手に喩えられている存在。人と人とをつなぐ手段の一部を担う切手は適切な喩であるように思われる。剝ぎ取った、が心に刺さる。三首目、初句から二句にかけて、いらいら、が続く。母性をみつめる一連では言葉遊びにも思える技巧を用いている。
第二章は、夫らしき「きみ」「あなた」の主題が取り上げられている。
透明のどこにでもいる傘として雨に打たれてくれていた人 46
水色の浴衣を着せる娘の顔がちりんちりんと女に変わる 61
一首目、雨に打たれてくれていた人ではある。一首では夫=傘ではあるが、どこにでも「いる」。どこにでも「ある」、ではないところに少しほっとさせられる。二首目は、娘を詠っている。母は成長する娘を見つめる。ちりんちりんというオノマトペが儚さを併せ持っているようである。
第三章では、主に「ボウちゃん」という犬が取り上げられる(他の章にも犬は頻出している)。
針を刺す理由を知らず犬はただ私を見ている 診察台で 74
イコカとかピスタチオとか言うようにリスカリスカと子どもらは言う 80
一首目、犬と抒情する。動物病院に連れられてきた老犬は心配そうに「私」を見つめてくる。二首目、イコカとかピスタチオとかカタカナ表記の言葉遊びに紛らわせて、子どもらに対する愛情が現れている。この一首は第四章に向けての序章的な位置に置かれている。
第四章が本歌集の山場となっているようだ。第67回短歌研究新人賞最終選考通過「桃色の上着」、第23回心の花賞俵万智賞受賞「公園を燃やして」がベースとなった一連が含まれている。
「バンザイをしててごらんよ」うさちゃんの白い肌着が乳首をこする 93
父ちゃんは母ちゃんを蹴り母ちゃんは私を殴るカレーが美味しい 104
枯れ枝の冬のサナギはぶうらりと時計回りの夜をかきまぜる 117
一首目、「桃色の上着」の一連より。「 」を用いる。明らかに不穏な感じが漂っている。二首目、「公園を燃やして」の一連より。家庭内暴力をテーマに詠っている。カレーはどろどろしている。最後に引いた三首目は「ポンポン菓子」の一連より。冬のサナギが夜をかき混ぜる。
歌集 へしゃげトマト
著:坊 真由美
出版社:MyISBN – デザインエッグ社
出版日:2025-08-08
【執筆者プロフィール】
服部崇(はっとり・たかし)
「心の花」所属。居場所が定まらず、あちこちをふらふらしている。パリに住んでいたときには「パリ短歌クラブ」を発足させた。その後、東京、京都と居を移しつつも、2020年まで「パリ短歌」の編集を続けた。歌集『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(2017、ながらみ書房)、第二歌集『新しい生活様式』(2022、ながらみ書房)。X:@TakashiHattori0
【「新しい短歌をさがして」バックナンバー】
【43】心の花の歌人による宇宙と短歌
【42】「ゆるさ」について
【41】「よ」について──谷岡亜紀『ホテル・パセティック』(ながらみ書房、2025)──
【40】佐藤博之第一歌集『残照の港』批評会
【39】あかあかと
【38】台湾大学の学生たちと歌会を行った
【37】異文化交流としての和歌・短歌
【36】啄木とクレオール
【35】静宜大学を訪れて
【34】沖縄を知ること──屋良健一郎『KOZA』(2025、ながらみ書房)を読む
【33】「年代」による区分について――髙良真美『はじめての近現代短歌史』(2024、草思社)
【32】社会詠と自然詠──大辻隆弘『橡と石垣』(2024、砂子屋書房)を読む
【31】選択と差異――久永草太『命の部首』(本阿弥書店、2024)
【30】ルビの振り方について
【29】西行「宮河歌合」と短歌甲子園
【28】シュルレアリスムを振り返る
【27】鯉の歌──黒木三千代『草の譜』より
【26】西行のエストニア語訳をめぐって
【25】古典和歌の繁体字・中国語訳─台湾における初の繁体字・中国語訳『萬葉集』
【24】連作を読む-石原美智子『心のボタン』(ながらみ書房、2024)の「引揚列車」
【23】「越境する西行」について
【22】台湾短歌大賞と三原由起子『土地に呼ばれる』(本阿弥書店、2022)
【21】正字、繁体字、簡体字について──佐藤博之『殘照の港』(2024、ながらみ書房)
【20】菅原百合絵『たましひの薄衣』再読──技法について──
【19】渡辺幸一『プロパガンダ史』を読む
【18】台湾の学生たちによる短歌作品
【17】下村海南の見た台湾の風景──下村宏『芭蕉の葉陰』(聚英閣、1921)
【16】青と白と赤と──大塚亜希『くうそくぜしき』(ながらみ書房、2023)
【15】台湾の歳時記
【14】「フランス短歌」と「台湾歌壇」
【13】台湾の学生たちに短歌を語る
【12】旅のうた──『本田稜歌集』(現代短歌文庫、砂子屋書房、2023)
【11】歌集と初出誌における連作の異同──菅原百合絵『たましひの薄衣』(2023、書肆侃侃房)
【10】晩鐘──「『晩鐘』に心寄せて」(致良出版社(台北市)、2021)
【9】多言語歌集の試み──紺野万里『雪 yuki Snow Sniegs C H eг』(Orbita社, Latvia, 2021)
【8】理性と短歌──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)(2)
【7】新短歌の歴史を覗く──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)
【6】台湾の「日本語人」による短歌──孤蓬万里編著『台湾万葉集』(集英社、1994)
【5】配置の塩梅──武藤義哉『春の幾何学』(ながらみ書房、2022)
【4】海外滞在のもたらす力──大森悦子『青日溜まり』(本阿弥書店、2022)
【3】カリフォルニアの雨──青木泰子『幸いなるかな』(ながらみ書房、2022)
【2】蜃気楼──雁部貞夫『わがヒマラヤ』(青磁社、2019)
【1】新しい短歌をさがして
挑発する知の第二歌集!
「栞」より
世界との接し方で言うと、没入し切らず、どこか醒めている。かといって冷笑的ではない。謎を含んだ孤独で内省的な知の手触りがある。 -谷岡亜紀
「新しい生活様式」が、服部さんを媒介として、短歌という詩型にどのように作用するのか注目したい。 -河野美砂子
服部の目が、観察する眼以上の、ユーモアや批評を含んだ挑発的なものであることが窺える。 -島田幸典

