恋ともちがふ紅葉の岸をともにして
飯島晴子
(『八頭』)
男女間に友情は存在するのかという愚論があったのは、昭和の頃。男女間にも友情は存在するというのが今の結論であろう。男女間の友情を描いた物語といえば…。1987年の映画「ブロードキャスト・ニュース」しか今は思い浮かばない。でも実際には、ヒロインのジェーンはアーロンを友人と思っているが、アーロンはジェーンに惹かれている。そこにイケメンのトムが現れて三角関係に。全く男女間の友情物語ではないのだが、最後は友情というかお互いの才能を認め合った同士みたいな感じで締めくくられる。
女同士でも友情を結ぶ時には恋めいた感情がある。お互いの魅力を認め合い、友情は成り立ってゆく。それは、男女間でもあり得る話であろう。恋愛対象ではないが、気の合う異性は存在するものである。友情と恋愛の境目は確かに難しい。また主君と仕える者の信頼関係も恋愛に似ている。
私などは、幼い頃より女の子と遊ぶよりは男の子と遊ぶ方が楽しかった。それは、大学時代も同じで、面倒な女子会よりも、男子と漫画や歴史の話をしている方が楽しかった。男子もまた、同じ趣味の話で馬鹿話ができる気さくな女子としか思っていなかったであろう。
古典に於いても男女の友情は存在していた。『源氏物語』の光君と大輔の命婦は、乳母を同じくし、血縁関係はないが兄妹のように育ってきた。美人で気立ての良い大輔の命婦とは、軽口も言い合える仲。お互いの美点を認め合いつつも友情が成立している。
恋愛対象では決してない異性と心が通い合う瞬間は、誰しもあるのではないかと思う。それは、この人なら私のことを分かってくれると思った瞬間に相手も同じ事を思っていると感じる瞬間である。それは恋に似ているけれども、肉体関係に至るのとは違う感情。そのうまく言えない微妙な感情の淡いを詠んでいるのが当該句である。
恋ともちがふ紅葉の岸をともにして 飯島晴子
独身の頃は、恋人でない男性と二人きりになれば少しは警戒したものである。これは自意識過剰なのではなく、恋に落ちてはいけないという警戒音である。結婚してある程度の年齢になるとこの警戒音は鳴らなくなる。だが、時折鳴ることもある。紅葉を見て美しいと思うのは、夫と一緒の時である。それが、夫以外の男性と一緒にいる時に、美しいと感じたら、警戒音は鳴ってしまうだろう。同じ景色を見て、共感しあってしまったのだから。景色とは、心惹かれる人と一緒に見るから美しいと感じる。例えば一人で見ても綺麗とは思うが何の感動もない。極端な話だが、嫌いな奴と見ても感動はしないだろう。
しかし、同じ志を持つ異性とその景色を見たらどうなのだろう。私も同年代の俳人男性と、偶然にも二人きりとなり紅葉のように激しい神輿行列を見たことがある。騒ぐ群衆の中で、それ以上に大はしゃぎな二人。「なんて楽しい夜なのだろう。クールキャラの彼にもこんな無邪気な一面があったなんて」とドキリとしたのは一瞬のこと。「私よりも俳句が上手な此奴に負けるもんか」と、急に対抗心がメラメラと湧き、ちょっと良い俳句ができた。ライバルとは、男女問わずありがたい存在である。ライバル心と恋は紙一重。そこから始まる友情もあるだろう。
当該句は、赤く染まる紅葉の岸に異性と立っていた。その向こうには対岸の紅葉がある。対岸の紅葉が美しいからこそ、一緒に立っている岸の紅葉が気になるのだ。同じ岸辺に立つ男女。いつ恋が始まってもおかしくはない。心の警戒音は鳴っているのだが、それは冷静な自分が「恋じゃないから」と発していたのだ。友情と恋愛の狭間には実は大きな境界があるのだ。その境界を見極められるのも大人の女性の視点である。
(篠崎央子)
【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。
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