土星の輪涼しく見えて婚約す 堀口星眠【季語=涼し(夏)】

主宰として新しい表現に挑み、幅広い作風を持ったが、親しみやすい人であったのではないかと思われる。

  蒲公英の絮吹いてすぐ仲好しに

  ごきぶりのパフォーマンスは命がけ

 蒲公英の絮を吹いたのは子供かもしれないが、大人でも童心に戻って仲良くなるだろう。ごきぶりの触角の動きや燕尾服のような姿は、芸人を思わせ、それを命がけのパフォーマンスとして捉えた。人間味のある視点もまた作者の魅力の一つである。

 恋の句は、鳥に託した描写が多く、鮮やかで激しい。自身の恋というよりは、客観的な恋である。

  在りし日のひばりの泪梅雨滂沱

  みそさざい声の花びら谷に撒く

  水恋鳥葉月の渚恋ひわたる

  こだまして赤翡翠の炎ゆる恋

  水澄めり鳰水中の恋見えて

 恋の発見は、鳥だけでなく山野の動植物全般にも向けられた。人の視点に立った描写により、詩情を産み出した。

  婚姻色かなしき岩魚釣られけり

  歓語して産卵をはる山蛙

  思草思ひの丈をつくすらし

  短夜の瀬に降る花はみな白し

 人の恋もまた、突き放したような描写が悲しく美しい。晩年には滑稽味を持たせた味わい深い詠みぶりも見せた。

  蓼科の雪より白し花嫁は

  悲しみの灯もまじる街クリスマス

  大いなる義理とて愛のチョコレート

 バレンタインデーを詠んだ〈愛のチョコレート〉の句は、現代の事務的な上下関係にも人情を見出し、広い懐を持って詠んでいる。

  土星の輪涼しく見えて婚約す  堀口星眠

 土星は、その周りをまわる輪が特徴である。輪は肉眼では見えず、天体望遠鏡などで観察する。金星、火星、木星などの惑星は、昔から詩に詠まれてきたが、俳人はことに土星が好きである。どの句も土星の輪を意識した詠み方となっている。

  夕空の土星に秋刀魚焼く匂ひ  川端茅舎

  吹かるるは水仙そして土星の環  佐怒賀正美

  薔薇の冠つけて土星を思ひゐる  仙田洋子

  香水や土星にうすき氷の輪  津川絵理子

 堀口星眠のゆかりの地である軽井沢や安中市付近は、星の名所が多く、天体観測施設もある。夏の夜には、若い男女で賑わう。

  さそり座の澄む夜雪渓四方に満つ  堀口星眠

  角見えて金星若し芦花の上  堀口星眠

 さそり座は、夏の真夜中に南方の低い位置に見えるため、高台より観測して確認したのであろう。芦の花の上にある金星の光りは、秋のはじまりの発見であり、その初々しさに若さを見出す。

 〈土星〉の句は、〈涼し〉と詠まれていることから夏の句である。天文台での男女を詠んだのか、親族のことなのか。軽井沢の教会がウエディング事業を展開したのは、有名であるが、近年では、安中市もまた地域性を活かした結婚式が開催されている。若い男女が、ウエディング事業の盛んな土地で、土星の輪を観測し、さらには、結婚指輪なども意識したことが推測される。

 レコード盤のような筋と鋭利な円角を持つ土星の輪は、涼しく見えたのだろう。星本体をめぐる輪は、今後の結婚生活を縛る輪を思わせる。結婚指輪のような輪に囚われた土星は、美しくも哀れである。婚約を決めた若い二人を壮大な宇宙の星に喩え、応援しているかのように見えて、実は客観的な描写に徹していたのである。そういった視点は、医師らしい冷静さがある。ただ、結婚を決めた時の若々しい涼しさを遠い惑星に託した掲句のロマンは、限りなく美しい。

篠崎央子


篠崎央子さんの句集『火の貌』はこちら↓】


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓


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