炎えよ炎えよ絶滅危惧種の類人猿 三高邦子【季語=炎ゆ(夏)】

炎えよ炎えよ絶滅危惧種の類人猿   三高邦子

 作者は、名古屋市在住。かつては、伊藤敬子主宰の「笹」に所属していたが、現在は無所属で自由に詠まれている。ネット句会での俳号は「姫」。エッセイによれば、恋の句は苦手で、恋とは幻想であると考えているとのこと。
 愛しているのは己のみ。相手に愛される自分を夢見て、うっとりしているだけだ。自分が相手を愛することはできない構造になっている。

 そう言われるとそんな気がしてしまう。好きな相手に尽くすのも「こんなに尽くしている自分が健気で愛おしい」という自己陶酔に過ぎないのかもしれない。
   恋なんぞ対幻想よ五月闇  邦子
 恋の句会に投句された句である。吉本隆明の造語〈対幻想〉が詠みこまれていて驚いた。哲学的なことを詠むのは難しいのだが、〈五月闇〉という季語により理論通りにはならない男女の闇が見えてくる。恋とは常に闇なのである。
 恋を信じないからこそ、自由な発想で様々なパターンの恋を詠むことができる。
   ゴーガンとゴッホの逢瀬麦畑  邦子
 印象派の二人の画家は、一時期を共に暮らしていた。それを恋愛関係として捉えるとは。ゴーガンとの芸術観が合わず関係が悪化したことにより、ゴッホは心を病み、自らの耳を切り落とす。作者にとっては、それも恋の形なのである。
 そんな作者であるからゴリラに恋をしてしまうこともあるし、そのゴリラの恋を応援してしまうこともある。
 〈炎えよ炎えよ〉とは、夏の熱気を表す季語「炎ゆ」を命令形にし、恋の情熱を含ませた表現である。求愛行動をするゴリラに対し、もっと激しく炎え上がれという思いを托している。絶滅危惧種なのだから、繁殖行為をして子孫を増やせということなのだ。「炎ゆ」という季語は、赤道アフリカ生まれのゴリラによく似合っている。毛深い体形もまた炎のようである。暑苦しい句ではあるが、そこに作者の恋に対する幻想がある。恋とは、炎えるような感情であり、炎えるような恋を自分もしてみたいという思いがあるのだ。そして、類人猿の絶滅危惧は、人類にもいつか起きることではないのかという懸念も含まれる。確かに日本はいま、少子化である。もっと炎えなくてはならない。
 シャバーニがSNSで騒がれていた頃のことである。上野動物園に行ったら、ゴリラの園が女性達で賑わっていたことがあった。後で知ったのだが、上野動物園にはシャバーニの兄であるハオコがいたのである。ハオコもまた渋いイケメンで、その日は観客の近くまで寄って凛々しい横顔を見せていた。シャバーニのようにカメラ目線で決めポーズをするというサービスはしないのだが、それもまた良いのであろう。女性達は「こっちを向いて」とか「眼が合った」とか大はしゃぎである。そのうちに一人の女性が、ハオコの一番近くで動画を撮り続けている女性に対し怒り始めた。「いつまでその場所を占領しているのですか。早くどいて下さい」と。パンダの園であれば誘導員が移動を促すのであるが、ゴリラの園には警備員も誘導員も居なかった。当然のことながら「何の権利があってそんなこと言うのよ」とか「ハオコはみんなのものよ」とか、言い合いになり始めた。私は、同じゴリラのファンなのだから仲良くしたら良いのにと思いつつ、女性同士の喧嘩を遠巻きに見ていた。そのうちにハオコが動き始めて喧嘩は終了した。それどころか、ハオコの変な仕草を見て、二人とも「見て見て、面白いね」と笑い合っている。恋敵は親友になれると言われているが、同じゴリラに恋をした者同士、気が合ってしまったのだろう。動物園のゴリラに対して、そこまで感情的になれることに驚いた。ハオコファンの女性二人は、ハオコが恋をしたら、応援するのだろうか。それとも相手のメスゴリラに嫉妬するのだろうか。きっと応援する気がする。推しメンならぬ推しゴリラに対する気持ちは、一般的な恋愛とは違うけれども、恋の一種なのかもしれない。

篠崎央子


篠崎央子さんの句集『火の貌』はこちら↓】


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。



【篠崎央子のバックナンバー】
>>〔208〕はつ恋のひとの白髪の涼しさよ 村山恭子
>>〔207〕ティアラ挿し新婦となれり蔦若葉 池田瑠那
>>〔206〕ラムネ玉からんと恋の後始末 牧内登志雄
>>〔205〕かひやぐら息苦しきは腕枕 野村茶鳥
>>〔204〕夏蜜柑剝きし指より酢つぱき吻 坂内里桜
>>〔203〕主治醫に伝えむ黄蝶白蝶の籃輿 金子皆子
>>〔202〕先生それは白い雛菊カモミール 金子皆子
>>〔201〕日常や椿一輪が重たし 金子皆子
>>〔200〕バレンタインデー艶福にして子煩悩 澤田緑生
>>〔199〕雑魚寝して清十郎に遠きお夏かな 佐々木北涯
>>〔198〕雪女郎抱きたし抱けば死ねるかも 吉田未灰
>>〔197〕仮りにだに我名しるせよ常陸帯 松瀬青々
>>〔196〕初夢で逢ひしを告げず会ひにけり 稲畑汀子
>>〔195〕ひそやかに女とありぬ年忘 松根東洋城
>>〔194〕ある期待真白き毛糸編み継ぐは 菖蒲あや
>>〔193〕綿虫と吾ともろともに抱きしめよ 藺草慶子
>>〔192〕愛人を水鳥にして帰るかな あざ蓉子
>>〔191〕胸中に何の火種ぞ黄落す 手塚美佐
>>〔190〕猿のように抱かれ干しいちじくを欲る 金原まさ子
>>〔189〕恋ふる夜は瞳のごとく月ぬれて 成瀬正とし
>>〔188〕虫の夜を眠る乳房を手ぐさにし 山口超心鬼
>>〔187〕戀の數ほど新米を零しけり 島田牙城
>>〔186〕霧まとひをりぬ男も泣きやすし 清水径子
>>〔185〕嘘も厭さよならも厭ひぐらしも 坊城俊樹
>>〔184〕天上の恋をうらやみ星祭 高橋淡路女
>>〔183〕熱砂駆け行くは恋する者ならん 三好曲
>>〔182〕恋となる日数に足らぬ祭かな いのうえかつこ
>>〔181〕彼とあう日まで香水つけっぱなし 鎌倉佐弓
>>〔180〕遠縁のをんなのやうな草いきれ 長谷川双魚
>>〔179〕水母うく微笑はつかのまのもの 柚木紀子
>>〔178〕水飯や黙つて惚れてゐるがよき 吉田汀史
>>〔177〕籐椅子飴色何々婚に関係なし 鈴木榮子
>>〔176〕土星の輪涼しく見えて婚約す 堀口星眠
>>〔175〕死がふたりを分かつまで剝くレタスかな 西原天気
>>〔174〕いじめると陽炎となる妹よ 仁平勝
>>〔173〕寄り添うて眠るでもなき胡蝶かな 太祇
>>〔172〕別々に拾ふタクシー花の雨 岡田史乃
>>〔171〕野遊のしばらく黙りゐる二人 涼野海音
>>〔170〕逢ふたびのミモザの花の遠げむり 後藤比奈夫
>>〔169〕走る走る修二会わが恋ふ御僧も 大石悦子
>>〔168〕薄氷に書いた名を消し書く純愛 高澤晶子
>>〔167〕約束はいつも待つ側春隣 浅川芳直
>>〔166〕葉牡丹に恋が渦巻く金曜日 浜明史
>>〔165〕さつま汁妻と故郷を異にして 右城暮石
>>〔164〕成人の日は恋人の恋人と 如月真菜
>>〔163〕逢はざりしみじかさに松過ぎにけり 上田五千石
>>〔162〕年惜しむ麻美・眞子・晶子・亜美・マユミ 北大路翼
>>〔161〕ゆず湯の柚子つついて恋を今している 越智友亮
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>>〔159〕わが子宮めくや枯野のヘリポート 柴田千晶
>>〔158〕冬麗や泣かれて抱けば腹突かれ 黒岩徳将
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