冬蜂の事切れてすぐ吹かれけり 堀本裕樹【季語=冬の蜂(冬)】

冬蜂の事切れてすぐ吹かれけり

堀本裕樹


いのちの終わるその瞬間の儚い物質感と、冬の寂しく細く、冷たい風。
モノクロの映像を、スローモーションで見ているかのような感覚で読んだ。

季語は「冬蜂」。
飛び回ることも難しそうな、弱々しい冬の蜂のことだ。
歳時記には、「動きが鈍く、哀れな感じの冬の蜂」とあった。
少し調べてみると、スズメバチなどは女王蜂だけが春に備えて冬眠するが、働き蜂は寒くなると死んでしまうらしい。
ミツバチなど、女王蜂と身を寄せ合って巣の中でじっと冬を越す種もあるとのこと。
蜂の種類によっても、身分によっても、冬の過ごし方はそれぞれという感じだろうか。

とはいえ、我々人間が、冬に蜂を見かけることはとても少ない。
だからこそ俳句にも、冬にしか描けない蜂があるのだろう。

冬蜂の事切れてすぐ吹かれけり 堀本裕樹

小春日に迷い出てしまった蜂が、頼りなく弱々しく歩いていたのかもしれない。
やがて静かに、孤独な最期を迎えたその瞬間を捉えた一句だ。

中七は、息絶えるとか、死ぬとか、そういった表現ではなく〈事切れて〉。
言葉の持つイメージの話だが、〈死ぬ〉などには、死んでしまったというその事実の“点”に意識が向くが、〈事切れて〉という言葉には、これまでずっとつないできた命がぷつっと途切れてしまう、その“線”の終わり部分の“切れ目”に焦点が合う気がする。

春のあいだ、明るい日差しのなかを自由に飛び回っていた蜂の、小さくて細く長い一生が、ぷつっと切れる瞬間。
ここまでずっと続いてきたいのちの“線”をかすかに思わせつつも、儚く終わってしまう最期にしっかりとピントを合わせ、かつ感情を入れすぎずに淡々と描写する。
〈事切れて〉という言葉に私は、そんなイメージを持った。

そして〈すぐ〉と続き、〈吹かれけり〉と結ぶ。
強風ではないかもしれない。かすかな風にも、ふっ、と吹かれてしまう小さな蜂の最期だ。
春には風を自在に操って羽ばたいていた翅が、もう小さな風をただ受けて吹かれることしかできなくなってしまった。

蜂に命がなくなってしまった瞬間、もちろん踏ん張っていた足の力が抜けて、わずかな風にも抵抗できなくなってしまったという物理的な弱さの面ももちろんあるが、それだけではないと思う。
魂が抜けてしまったぶんだけ、物体として軽くなったような。蜂の抜け殻のような。
骸としての脆さをも思わせるのは、切れ字〈けり〉の効果も強い。

一読して儚く寂しい句だが、それだけではない。
いのちがあったときにはまだ備えていた、小さな小さな魂の重量感。
風を操って飛んでいた、春の翅の強さや美しさ。地を捉えていた細い足の逞しさ。
この蜂が生きてきた“線”は確かにあって、ここに終焉を迎えた事実とともに、ただ儚いだけではない小さないのちの“重み”を、逆説的に伝えてくれている。
最期をこうして描くことで、浮かび上がってくるものがあるのだ。

こんな、蜂が命を落とす瞬間、そこに少しの風が吹く瞬間に、実景で出会えることはかなり稀だが、でも確かにこうして十七音になることで、その映像と一緒に哀れさや儚さが、脳内にぱっと広がり、心に響く。
見たことのある景色を再度再生するのではなく、自分が知っている「冬の蜂」に新しいストーリーが吹き込まれるような感覚。
それが俳句のおもしろさ、不思議さであり、掲句の巧みさである。

冬蜂の事切れてすぐ吹かれけり 堀本裕樹
句集『一粟』所収。

いつも読者として楽しませていただいていた、憧れの「ハイクノミカタ」、10&11月の水曜を担当させていただきました。
連載の最終回は、私が所属する「蒼海俳句会」の主宰、堀本裕樹先生の作品について、今回も好き勝手に書かせていただきました。

この二ヶ月間、たくさんの方に読んでいただいたようでその反響がとても嬉しかったです。
お付き合いいただいたみなさま、お世話してくださった堀切さん、ありがとうございました!

また、新連載「ハイクノスガタ」もスタートしました。
物質的なデザインという側面から俳句を味わうというとても面白い企画で、書体デザイナーの木内縉太さん、造本作家の佐藤りえさんとご一緒し、三人で順にまわしていく輪番連載です。
第1回からすでにとてもおもしろくて濃厚なので、わくわくしています。

こちらもぜひ、よろしくお願いします!

後藤麻衣子


【執筆者プロフィール】
後藤麻衣子(ごとう・まいこ)
2020年より「蒼海俳句会」に所属。現代俳句協会会員。「全国俳誌協会 第4回新人賞 特別賞」受賞。俳句と文具が好きすぎて、俳句のための文具ブランド「句具」を2020年に立ち上げる。文具の企画・販売のほか、句具として俳句アンソロジー「句具ネプリ」の発行、誰でも参加できるWeb句会「句具句会」の開催、ワークショップの講師としても活動。三菱鉛筆オンラインレッスン「Lakit」クリエイター。
2024年より俳句作品を日本語カリグラフィーで描く「俳句カリグラフィー」を、《編む》名義でスタートし、haiku&calligraphy ZINE『編む vol.1』を発行。俳句ネプリ「メグルク」メンバー。
デザイン会社「株式会社COMULA」コピーライター、編集者。1983年、岐阜生まれ。

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2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



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