赤んぼころがり昼寝の漁婦に試射砲音 古沢太穂【季語=昼寝(夏)】


赤んぼころがり昼寝の漁婦に試射砲音

古沢太穂

昨今の夏は記録的な猛暑続きで、黙っていても汗が滂沱として流れ、恋人はレモンのジュースをつくるのに困りすぎた顔をしている。暑ければそれだけで疲労は蓄積される。そこで昼寝でも、という次第になるが、なにしろ暑くて眠るに眠れず、空調を調節してやっと睡眠の状態に入るのである。空調をつけた状態での昼寝はあまり感心できるものではない。やはり昼寝は涼しい風の吹くところが一番だからだ。

小さい頃は、涼しい風が網戸を通して入って来る北向きの部屋で、母親と寝転がったり、近所の子たちと並んで寝たものだ。目覚めると放心状態で、網戸の向こうのブロック屏に植栽の影が揺れているのを、ぼんやりと眺めていたりした。  

季語は「昼寝」。「古沢太穂句集」に収録の掲句は石川県内灘村(現内灘町)での米軍基地をめぐる反対闘争の時の句。

1952(昭和27)年、朝鮮戦争を背景に在日アメリカ軍が、小松製作所、神戸製鋼製の砲弾の試射場を要求したことに端を発する闘争は、翌年の6月、地元住民の怒りが最高潮に達した。政府は4月に一旦、試射を中止するとしていたが、一転、6月に試射再開を閣議決定した。地元住民は着弾地の権現森に集結し、座り込みのための小屋を建て、700人の村民が夜通しの座り込みで抵抗した。しかし午前8時すぎには試射が再開され、砲弾が轟音を立てて、砂浜に着弾する。じりじりと照りつける日差し、小屋の中の座り込みの住民の熱気、絶え間ない砲弾の轟音はつづく…そんな毎日の繰り返しに一組の母子が、疲れて眠り込んでしまっている。「赤んぼころがり」という、やや性急で突き放した入り方に切迫詰まった決死の状態、死を覚悟してしまっている人間の清らかさ、逞しさのようなものを感じる。その赤子の傍で正体なく眠っているであろう母親。「昼寝」という語の持つ安らかな響きとは、あきらかに遠い状況下の昼寝ではあるが、母子をそっと寝かせておく周囲の様子も伺われ、人間の一念の崇高さを感じる。と言ってしまうと、古沢太穂に「きみは分かってないね」という目で黙って見られそうで怖い。

この時期の句に、
 白蓮白シャツ彼我ひるがえり内灘へ
 青蘆暁色一細胞員とし深く息すう  
 砲音揺る土間に網刺し幾語を炎ゆ
 汗し集会放屁その子をたしなむ漁婦  
 熱砂に魚婦泣き「日本の巡査かお前らは」
などがある。

中嶋憲武


【執筆者プロフィール】
中嶋憲武(なかじま・のりたけ)
昭和35年(1960)東京生まれ。
平成6年(1994)「炎環」入会。作句をはじめる。 平成11年(1999)「炎環」新人賞。
平成12年(2000)「炎環」同人。
平成21年(2009)炎環賞。炎環エッセイ賞。
平成29年(2017)銅版画でANY展(原宿)参加。電子書籍「日曜のサンデー」。
平成30年(2018)攝津幸彦記念賞優秀賞。
平成31年(2019)第0句集「祝日たちのために(港の人)」。 「炎環」「豆の木」「豈」所属。
山岸由佳さんとの共同サイト「とれもろ」toremoro.ne.jp
「週刊俳句」で西原天気さんと「音楽千夜一夜」連載中。

祝日たちのために
中嶋憲武 著
(港の人、2019年)
価格 1650円(税込)
ISBN 978-4896293623

2018年、第4回攝津幸彦記念賞・優秀賞を受賞した気鋭の俳人の、句(120句)+銅版画(13点)+散文(17篇)を収めたユニークな第一句集。句は2018年にツイッターで呟いたツイッター句であり、時代の風景にスリリングに迫っている。

■収録作品より
蟻塚を越え来て淋しい息つく
夏炉あかるく人語に星を数へ得ず
海の鳥居の晩春の石は鳥になる
手が空いてゐる月白の舟を出す
葛湯吹いて馬の体躯の夜がある


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



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