大氷柱折りドンペリを冷やしをり
木暮陶句郎
雪の山荘に友人たちが集まってパーティーを催しているのだろうか。それとも恋人と二人きりの夜だろうか。シャンパンバケツにはドンペリ。大きな氷が刺さっている。先ほどまで軒に下がっていた氷柱だ。華やかな夜が始まろうとしている。
へっ、てやんでぇ!笑っちゃうくらいお洒落なシチュエーションにそう呟きながらも口元が緩み、目尻も自然と下がるのを禁じ得ない。そう、見た目がこんなに地味なくせに私はシャンパンが大好きなのだ。「シャンパン」と耳元で囁かれただけで、瞳孔が開きカラダが痺れてしまう。
「ドンペリ」は高級シャンパン「ドン・ペリニヨン」の通称。欧米では「ドン」と呼ばれるらしい。仏名はDom Pérignonだから、don(ボス、首領)の意味とは違うけれど、格付的には”ドン”と呼ばれるのが相応しい。冷やす氷柱もそれなりの大きさと太さが必要だ。
昨今は「ドンペリ入りましたー」のようなホストクラブの香り漂うお酒かもしれないが、日本人にこれだけ名を知られるようになったのはバブル期だろう。平行輸入なども始まった頃だし、何しろ一億総プチブル状態の狂乱の世だった。私の同僚も年上の恋人がドンペリを携えて部屋にやって来たとかで、「餃子にドンペリよ~」と自嘲とも自慢ともつかないデレデレした笑みを顔に浮かべていたっけ。しかし、更に時代を遡れば映画「007」シリーズでその名を覚えた人たちも少なくないだろう。素晴らしいシャンパンは餃子ではなく例えばキャビアと合せるために、そして危機を共に切り抜けた美女との束の間の快楽のために存在するものだ、とショーン・コネリーやロジャー・ムーアが教えてくれた。
まづシャンパンと前菜のトマトジュレ
プラチナも金もダイヤもクリスマス
冬銀河みな宝石にする魔法
句集納められたこれらのキラキラした句を重ねれば、掲句はやはり特別な人と過ごすロマンティックな夜と考えてもよさそうだ。まあ、羨ましい。
シャンパンと言えば、一昨年前に惜しまれながら閉店した伊藤伊那男さんの立ち飲み酒亭「銀漢亭」の冷蔵庫にはヴーヴ・クリコのイエローラベルが常に数本入っていた。大きな集まり、小さなお祝い。何かにつけて栓が飛び、歌や踊りがあった。
シャンパンでなくても、スパークリングワインでもいい。グラスの底から絶えず上り続ける小さな泡の呼び起こす陶酔は格別だ。年末年始の一夜、皆さんも泡な飲み物を楽しまれては如何でしょう。幸せになりますよ。
(『薫陶』ふらんす堂 2021年より)
(太田うさぎ)
【執筆者プロフィール】
太田うさぎ(おおた・うさぎ)
1963年東京生まれ。現在「なんぢや」「豆の木」同人、「街」会員。共著『俳コレ』。2020年、句集『また明日』。
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