コスモスのまだ触れ合はぬ花の数 石田勝彦【季語=コスモス(秋)】

コスモスのまだ触れ合はぬ花の数

石田勝彦

 会社の規定が変わり、テレワークできる日が週2回から週1回に減ってしまった。週に1回のテレワークは朝の吟行時間として貴重なものだ。通勤路でも俳句はできるけれど、やはり吟行に集中できた方がありがたい。
 これまでもよく見てきたつもりなのだが、最近比較的珍しい出会いがあった。まず、立て続けに蛇を2匹見た。1回目は日比谷公園で、2回目は自宅の裏庭で。多分だが、前者は青大将、後者は縞蛇だ。
 後述のコスモスを見た日には蟷螂の抜け殻を見た。きれいに全身が残っていたので、初めて見たのに蟷螂であることはすぐにわかった。
 人生初が消失していく一方の日々ではあるが、まだまだ初めての出会いがあることが喜ばしい。すぐそこにいたのに初めて出会ったものたち。テレワークの日が減ったからこそ吟行の時間を大切にするようになり、そんな発見ができたのかもしれない…けれどやはりテレワークは増やして欲しいところ。

コスモスのまだ触れ合はぬ花の数

 コスモスといえばひしめき合うようにびっしりと咲く光景を目にすることが多い。道端に咲いているようなコスモスもだいたい束になっている。それでもシーズンの初めは一輪、二輪と咲き始めるものだ。先日散歩していたらたまたまそんな場面に出くわした。まだ二輪。この二輪からコスモスが次々と咲く日が始まるのだと思うと心が躍った。


 咲き始めとはいえ一輪一輪は完成形である。そのためか、コスモスは比較的安心して見守ることができる。
 「まだ触れ合はぬ」ということはこれから触れ合う日々が始まるということ。びっしりコスモスが咲く未来を誰もが思い浮かべる。まだ触れ合わぬ花の数とは、まだ咲いていない花の数のことでもある。

 この句を鑑賞する時、心にとどめておきたいのは〈コスモスの倒れ倒れし花の数  高野素十〉。上五と下五が完全に一致しているのに対し、詠んでいる場面は対称的だ。明るい未来と、少し影のある過去寄りの現在。
 人間探求派の系譜に連なる勝彦と客観写生に徹した素十。構成が似ているために、正反対の視点の置き方が際立つ。
恋人の暗喩として読むのも嫌いではないが、あまり深堀りすると愛の月曜日になってしまうし、実際書いたとて央子さんには遠く及ばないことが見えているので軽く触れる程度にしておこう。

 『秋興』(1999年刊)より。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


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