厨房に貝があるくよ雛祭 秋元不死男【季語=雛祭(春)】


厨房に貝があるくよ雛祭

秋元不死男


この「貝」は雛祭のお吸い物のために用意された蛤なのだろう。なので、「厨房」も家の台所くらいのことなのであろう。

初めて読んだ時、「厨房」という響きや「貝」とぼかして言っている点から、中華ダイニングとか創作フレンチとか、そういうところの厨房がこちらから見えていて、そこに大きめで奇形の貝が歩いている、という景を想像してしまった。そうなると「雛祭」という季語は、いささか飛躍しすぎる過ぎた斡旋に思える。しかし、「雛祭」という季語を中心に読めば、前述の景とすぐ分かる。

「貝があるく」というのは、実際のところ、舌を出して進むくらいのことであろう。ただ、こう言ってみたことのゆかしさがある。また、「あるく」という表現の活躍に隠れやすい「よ」も、一句にバランスを与えるよい働きをしている。

安里琉太


【執筆者プロフィール】
安里琉太(あさと・りゅうた)
1994年沖縄県生まれ。「銀化」「群青」「」同人。句集に『式日』(左右社・2020年)。 同書により、第44回俳人協会新人賞


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



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