とどまればあたりのふゆる蜻蛉かな 中村汀女【季語=蜻蛉(秋)】


とどまればあたりのふゆる蜻蛉かな

中村汀女


さいきんとてもいい本を手に入れたので紹介したい。中村汀女の『ふるさとの菓子』(丸善)である。

汀女が日本全国の銘菓を俳句と文章で紹介したもの。「婦人朝日」と「婦人画報」での連載を昭和三十年に書籍化、本書はその復刻版だ。

冒頭に挙げた蜻蛉の有名句を添えて紹介されているのは、和歌山市の「本の字饅頭」だ。

みじかい文章なので、全文を紹介したい。


本の字饅頭

好きなものと言わるれば、私はやはり饅頭をあげる。思い出すこと一つ。

とどまればあたりにふゆる蜻蛉かな

これは横浜・三溪園の池のほとりで出来たが、このとき、私は好きな饅頭を持っていた。
まして、これは駿河屋の、れっきとしたもの。「本の字」の古風な焼型も魅惑十分。日が経ったら焼いて食べるようにとの達し。大いに有難い。こんなたのしみは私みたい年頃にならねばわからないかしらん。

(和歌山市 駿河屋本店)


汀女の文章はすべての頁にわたってこの調子。ときおりでてくる見慣れない昔の言葉が軒並みうつくしく、胸が高鳴る。おおむね優しくうきうきした口調だが、山形の「山ぶどう羊かん」のときは、「銘菓として打って出るならば、包装もまた考えてほしい。」ときびしかった。

こちらの本は、セクト・ポクリットの「俳人のホンダナ!」のコーナーで矢野玲奈さんがご紹介していたもの。玲奈さん、ありがとうございました。

千野千佳


【執筆者プロフィール】
千野千佳(ちの・ちか)
1984年 新潟県生まれ。
2016年 作句をはじめる。堀本裕樹氏に師事。
2018年 「蒼海」立ち上げとともに入会。
2021年 第2回蒼海賞受賞
2023年 第11回星野立子新人賞受賞


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



【2024年10月の火曜日☆千野千佳のバックナンバー】
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>>〔14〕世直しをしてきたやうないぼむしり 国代鶏侍
>>〔15〕とんばうの集ふあたりに加はる子 矢野玲奈

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【2024年9月の火曜日☆千野千佳のバックナンバー】
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>>〔12〕虫売やすぐ死ぬ虫の説明も 西村麒麟

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>>〔9〕空へゆく階段のなし稲の花 田中裕明

【2024年8月の水曜日☆進藤剛至のバックナンバー】
>>〔1〕そよりともせいで秋たつことかいの 上島鬼貫
>>〔2〕ふくらかに桔梗のような子が欲しや 五十嵐浜藻
>>〔3〕朝涼や平和を祈る指の節 酒井湧水
>>〔4〕火ぶくれの地球の只中に日傘 馬場叶羽

【2024年8月の木曜日☆斎藤よひらのバックナンバー】
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>>〔2〕僕のほかに腐るものなく西日の部屋 福田若之
>>〔3〕すこし待ってやはりさっきの花火で最後 神野紗希
>>〔4〕泣き止めばいつもの葡萄ではないか 古勝敦子
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【2024年7月の火曜日☆村上瑠璃甫のバックナンバー】
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【2024年7月の木曜日☆中嶋憲武のバックナンバー】
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