【第37回】新しい短歌をさがして/服部崇


毎月第1日曜日は、歌人・服部崇さんによる「新しい短歌をさがして」。アメリカ、フランス、京都そして台湾へと動きつづける崇さん。日本国内だけではなく、既存の形式にとらわれない世界各地の短歌に思いを馳せてゆく時評/エッセイです。


【第37回】
異文化交流としての和歌・短歌


 去る5月13日、台湾大学日本語文学部の招きに応じて「異文化交流における日本文化・日本文学の力と役割~和歌・短歌を中心に~」と題する講演を行った。

https://japan.ntu.edu.tw/ch/nscread.php?page=281

講演では、異文化交流における文化・文学の力と役割に関して次の三点を強調した。第一点は、異文化に対する視点をどのように持つべきかという点である。古典的な解釈としてEdward W. Said, Orientalism (1978)を紹介しつつ、西洋と東洋、日本と台湾のそれぞれにどのような視点を持つべきかについて意識的となるべきことを指摘した。第二点は、ソフトパワーの概念の有効性/非有効性についてである。Joseph Nye, Soft Power: The Means to Success in World Politics (2005)を紹介しつつ(ジョセフ・ナイは本年5月6日に亡くなった)、他国に対する文化的浸透の意味・意義について注意を払うべきことを指摘した。第三点は、異文化交流においては相互理解、共感、対話が重要になるであろうという点である。そのうえで、講演のテーマに関連する和歌・短歌を紹介した。

天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも 安倍仲麿(698〜770)

また、筆者のパリ時代の短歌を『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(ながらみ書房、2022)、台湾時代の短歌を「台湾歌壇(第四十集)」(2025)から3首ずつ紹介した。 

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サンマルタン運河は夏のきらめきを注ぎて白き船を持ち上ぐ

笛吹きが笛吹かずしてふふふふとわらひをさそふパリの祭日

二年目のパリの夜なれば驚かず青き火を噴くエッフェル塔よ

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小雨ふる迪化街の道端に大きなのつぽの古時計きく

過去からの低き唸りを響かせて陰と陽との鍋は煮たちぬ

珊瑚潭の広さよ青さよかはりゆく時局に耐へて水を蓄ふ

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今回の講演は、本年4月12日に実施した日本台湾交流協会主催文化事業「台湾の短歌を語る」に参加した台湾大学の曹景惠教授のご尽力で開催することとなったものである。曹教授にお礼申し上げたい。

https://www.koryu.or.jp/publications/magazine/2025/2025_05.html

https://www.koryu.or.jp/Portals/0/images/publications/magazine/2025/05/2505_04hattori.pdf


【執筆者プロフィール】
服部崇(はっとり・たかし)
心の花」所属。居場所が定まらず、あちこちをふらふらしている。パリに住んでいたときには「パリ短歌クラブ」を発足させた。その後、東京、京都と居を移しつつも、2020年まで「パリ短歌」の編集を続けた。歌集『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(2017、ながらみ書房)、第二歌集『新しい生活様式』(2022、ながらみ書房)。X:@TakashiHattori0


【「新しい短歌をさがして」バックナンバー】
【36】啄木とクレオール
【35】静宜大学を訪れて
【34】沖縄を知ること──屋良健一郎『KOZA』(2025、ながらみ書房)を読む
【33】「年代」による区分について――髙良真美『はじめての近現代短歌史』(2024、草思社)
【32】社会詠と自然詠──大辻隆弘『橡と石垣』(2024、砂子屋書房)を読む
【31】選択と差異――久永草太『命の部首』(本阿弥書店、2024) 
【30】ルビの振り方について
【29】西行「宮河歌合」と短歌甲子園
【28】シュルレアリスムを振り返る
【27】鯉の歌──黒木三千代『草の譜』より
【26】西行のエストニア語訳をめぐって
【25】古典和歌の繁体字・中国語訳─台湾における初の繁体字・中国語訳『萬葉集』
【24】連作を読む-石原美智子『心のボタン』(ながらみ書房、2024)の「引揚列車」
【23】「越境する西行」について
【22】台湾短歌大賞と三原由起子『土地に呼ばれる』(本阿弥書店、2022)
【21】正字、繁体字、簡体字について──佐藤博之『殘照の港』(2024、ながらみ書房)
【20】菅原百合絵『たましひの薄衣』再読──技法について──
【19】渡辺幸一『プロパガンダ史』を読む
【18】台湾の学生たちによる短歌作品
【17】下村海南の見た台湾の風景──下村宏『芭蕉の葉陰』(聚英閣、1921)
【16】青と白と赤と──大塚亜希『くうそくぜしき』(ながらみ書房、2023)
【15】台湾の歳時記
【14】「フランス短歌」と「台湾歌壇」
【13】台湾の学生たちに短歌を語る
【12】旅のうた──『本田稜歌集』(現代短歌文庫、砂子屋書房、2023)
【11】歌集と初出誌における連作の異同──菅原百合絵『たましひの薄衣』(2023、書肆侃侃房)
【10】晩鐘──「『晩鐘』に心寄せて」(致良出版社(台北市)、2021) 
【9】多言語歌集の試み──紺野万里『雪 yuki Snow Sniegs C H eг』(Orbita社, Latvia, 2021)
【8】理性と短歌──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)(2)
【7】新短歌の歴史を覗く──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)
【6】台湾の「日本語人」による短歌──孤蓬万里編著『台湾万葉集』(集英社、1994)
【5】配置の塩梅──武藤義哉『春の幾何学』(ながらみ書房、2022)
【4】海外滞在のもたらす力──大森悦子『青日溜まり』(本阿弥書店、2022)
【3】カリフォルニアの雨──青木泰子『幸いなるかな』(ながらみ書房、2022)
【2】蜃気楼──雁部貞夫『わがヒマラヤ』(青磁社、2019)
【1】新しい短歌をさがして


挑発する知の第二歌集!

「栞」より

世界との接し方で言うと、没入し切らず、どこか醒めている。かといって冷笑的ではない。謎を含んだ孤独で内省的な知の手触りがある。 -谷岡亜紀

「新しい生活様式」が、服部さんを媒介として、短歌という詩型にどのように作用するのか注目したい。 -河野美砂子

服部の目が、観察する眼以上の、ユーモアや批評を含んだ挑発的なものであることが窺える。 -島田幸典


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