血を血で洗ふ絨毯の吸へる血は 中原道夫【季語=絨毯(冬)】


血を血で洗ふ絨毯の吸へる血は)

中原道夫


二〇一五年冬、中原はIS(イスラミック・ステート)による同時多発テロ直後のフランス・パリへ旅立った。銀化同人大月光勲氏の能面展への参加が渡仏の主たる理由と聞いている。テロ直後という渦中に身を投ずる師を心配し引き留める者も多かったが、中原はそんな気持ちなど意に介さないように、

「大丈夫だよ、テロ直後の方が逆に警備が強化されて安全というものだ」と言って、愛用の眼鏡を顱頂(ろちょう)にずらし、にこっと笑ったのだった。

パリに到着した中原は、セクト・ポクリット管理人の堀切克洋氏ほか多くの俳人たちと句座を伴にしている。こんな時に俳句?ではなく、こんな時だから俳句なのだ。芭蕉や子規を引き合いに出さずとも、俳句は死と隣り合わせの文芸だ。死を覚悟した俳句はとてつもなく強い。

掲句では血という言葉を繰り返し使用し、あたかもテロの現場に居合わせたかのようだ。暴力に対して暴力で報復するテロリストの負の連鎖、絨毯の吸へる血はと追い打ちを掛けることで一気に表出する現実感。読者は否応なしに血塗れの絨毯の上に放り出され、凄惨な光景から目を逸らすことが出来ない。

S’il vous plaît, aidez-moi ! (助けてくれ)

Tatatatatatatatatatata…… (機関銃の音)

中原いわく二〇一五年冬のパリは人生の大きな転機になったらしい。日本に帰国した後も何か現実感が無いと。それはそうだろう。テロ直後という非日常を経て何事もなく生きているという違和感。いま・ここ・われ。生と死の境界は一本の線ではなく、絨毯の上にとめどなく流れる血が描き出す一枚の絵画のようなものなのだから。

掲句は中原道夫の第十二句集『一夜劇』より抽いた。

菅 敦


【執筆者プロフィール】
菅 敦(かん・あつし)
昭和四十六年 千葉県生れ
平成二十年「銀化」入会 中原道夫に師事
平成二十四年 第十三回「銀化」新人賞受賞・同年「銀化」同人
平成二十九年「銀化」副編集長
令和二年 俳人協会第四回新鋭俳句賞準賞 受賞
令和二年 第一句集『仮寓』上梓 俳人協会会員



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