運動会静かな廊下歩きをり
岡田由季
絶妙な共感を呼ぶ句なのに、決して真似できない。そんな作品が魅力的な作者。
この運動会の句は、私のなかで運動会という季語の句の永遠の一位だと思う。
走ることが特別得意でも苦手でもない子どもだったので、運動会は特段嫌でもないけれど、なくなってもまったく惜しくない、といった行事だった。俳句を作ろう、と思う人にはそんな人も多いかもしれない。
特別楽しみな行事ではなかったからこそ、「静かな廊下」がしっくりとくる。校庭で賑やかな歓声が聞こえる中、ひとり忘れ物を取りに教室へ戻ったのだろうか。賑やかな集団を離れたときのふとした解放感。ひとりなのに、まったく寂しくない。「うんどうかい」の上五の字余りが、ちょっと弾んだ気持ちを感じさせるからかもしれない。誰もいない静かな廊下のリノリウムの模様や、秋の陽射しにふわふわと見える廊下の隅の埃、そんな何もかもがこの十七音から見えるようだ。
菊日和クラスにふたりゐる陽子 岡田由季
陽子は私の本名でもあるので、忘れられない一句。「ようこ」という名前の人は気が強いですよね! と昔、後輩の男の子に言われたことがあるけれど、同じ「ようこ」でも「葉子」と「洋子」と「陽子」は全然違う。クラスに二人いる「陽子」さんはどんな陽子さんだろうか。
秋の陽射しが心地よい菊日和の教室にいる陽子さんはおだやかそうな二人に見えて、そして、ちょっとだけ気が強そうだ。
二句とも『犬の眉』に所収。ことあるごとに開いてしまう一冊です。
(田口茉於)
【執筆者プロフィール】
田口茉於(たぐち・まお)
1973年愛知県生まれ。1999年「若竹」入会。2003年「若竹俳句賞」新人賞受賞。2020年「村上鬼城賞」新人賞受賞。「若竹」同人、「風のサロン」編集委員。俳人協会幹事。句集に『はじまりの音』、先日第二句集『付箋』が出ました!
【田口茉於さんの気になる第二句集『付箋』(ふらんす堂、2022年)はこちら↓】
【岡田由季さんの第1句集『犬の眉』はこちら】
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
【2022年9月の火曜日☆岡野泰輔のバックナンバー】
>>〔1〕帰るかな現金を白桃にして 原ゆき
>>〔2〕ビル、がく、ずれて、ゆくな、ん、てきれ、いき、れ なかはられいこ
>>〔3〕サフランもつて迅い太子についてゆく 飯島晴子
>>〔4〕琴墜ちてくる秋天をくらりくらり 金原まさ子
【2022年9月の水曜日☆田口茉於のバックナンバー】
>>〔1〕九月来る鏡の中の無音の樹 津川絵理子
>>〔2〕雨月なり後部座席に人眠らせ 榮猿丸
>>〔3〕秋思かがやくストローを嚙みながら 小川楓子
>>〔4〕いちじくを食べた子供の匂ひとか 鴇田智哉
【2022年6月の火曜日☆杉原祐之のバックナンバー】
>>〔1〕仔馬にも少し荷を付け時鳥 橋本鶏二
>>〔2〕ほととぎす孝君零君ききたまへ 京極杞陽
>>〔3〕いちまいの水田になりて暮れのこり 長谷川素逝
>>〔4〕雲の峰ぬつと東京駅の上 鈴木花蓑
【2022年6月の水曜日☆松野苑子のバックナンバー】
>>〔1〕でで虫の繰り出す肉に後れをとる 飯島晴子
>>〔2〕襖しめて空蟬を吹きくらすかな 飯島晴子
>>〔3〕螢とび疑ひぶかき親の箸 飯島晴子
>>〔4〕十薬の蕊高くわが荒野なり 飯島晴子
>>〔5〕丹田に力を入れて浮いて来い 飯島晴子
【2022年5月の火曜日☆沼尾將之のバックナンバー】
>>〔1〕田螺容れるほどに洗面器が古りし 加倉井秋を
>>〔2〕桐咲ける景色にいつも沼を感ず 加倉井秋を
>>〔3〕葉桜の夜へ手を出すための窓 加倉井秋を
>>〔4〕新綠を描くみどりをまぜてゐる 加倉井秋を
>>〔5〕美校生として征く額の花咲きぬ 加倉井秋を
【2022年5月の水曜日☆木田智美のバックナンバー】
>>〔1〕きりんの子かゞやく草を喰む五月 杉山久子
>>〔2〕甘き花呑みて緋鯉となりしかな 坊城俊樹
>>〔3〕ジェラートを売る青年の空腹よ 安里琉太
>>〔4〕いちごジャム塗れとおもちゃの剣で脅す 神野紗希