熔岩の大きく割れて草涼し 中村雅樹【季語=涼し(夏)】

熔岩の大きく割れて草涼し

中村雅樹

山に登るようになってから(といっても初心者中の初心者だが)、火山活動の名残を感じる機会が増えた。とにかく石が多い。山道によっては、過去30年間で見た石の量を1日で見ているかもしれない。そして下山の際はどの石なら踏んでも大丈夫かを見極めないと転んでしまう。

今も膝と脛に切り傷がある。この傷は茶臼岳(那須岳の主峰)でもらったもの。ロープウェイから見える山肌には雪が幾筋も残っていた。紅葉の頃はとんでもない混みようだとの説明があった。

植物も少なく、ほぼ石と土ばかりの道を行く。山頂に近づくほど石が岩になっていった。振り返れば那須高原が一望できる。山頂はもちろん360度絶景だ。行きは寂しい景色だが帰りはずっとご褒美だった。道路から見た山容も素晴らしかったし、これが百名山に選ばれた理由かと納得。

ロープウェイ(上り、右手)より

下りのロープウェイを待つあいだ外に出てみたら、空に向かって飛んできた燕たちが地上に折り返すところを何度も見た。標高1684m。人だかりがあれば燕にもこの高さが生活圏となるのだ。

つつじが咲くのはまだしばらく先か。

熔岩の大きく割れて草涼し

熔岩は火山活動の名残り。これほど大きな岩がどうやってここまで来て、しかも割れたか。その経緯を想像すると大地の力に畏怖の念を抱き、悠久の時間に思いが至る。その大いなる時空を感じさせる岩の割れ目を「大きく割れて」と端的に言い表した。その措辞がすでに涼しい。

割れ目には草が生えている。「大きく割れて」のイメージからは、数本がひょろひょろと生えているというよりはびっしり生えている様子が思われる。そのありように涼しさを感じたのだ。詩心がなければ読み取れない感覚である。

 「熔岩」という最も熱く暑いものから割れ目、草を経て「涼し」と感じるまでを凝縮して言い留めている。その温度差が風を呼び起こしそうだ。マクロからミクロまでの道のりを対比ではなく並列でとらえたその感覚も「涼し」と言いたい。

個人的な好みの話をすると、大きい仕事であればあるほど涼しくなしとげたいと考えている。大騒ぎして、一喜一憂しているのを表に出しながら遂行するのは私のスタイルではない。涼しすぎて伝わらないことが多いけど、それも気にせず淡々となすべきことをなすのが本当の「涼し」なのである。

『晨風』(2022年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



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