切り株に目しんしんと入ってった 平田修

切り株に目しんしんと入ってった

平田修
(『血縁』1994(平成6)年ごろ)

平田の俳句には(自らの)身体を表す単語がよく登場する。手足や爪などそのバリエーションはさまざまだが、中でも口・歯・頭といった頭部周辺の部位が頻出する。当人にその意識があったかどうかは別として、平田は逡巡しつづける鬱屈した思考によって脳内の世界と現実世界を混同し、その結果として生じた自己とそれを取り巻く世界の同一性を描くことで逆接的に人間の自他境界を浮かび上がらせるような作家であると考えている。それを踏まえると、自己と異なる(そして、同じ)存在である他人や世界を知覚するための目や耳といった部位の重要性も自明といえる。特にこの『血縁』にはそうした句が多い。今回は中でも「目」をテーマとした句を挙げる。

目の位置で椿は俺を暗くした

「目の位置で」とは平たくいえば「自分の目と同じくらいの高さで」となろうが、そうした説明に意義は薄い。位置という硬質な語によって、この椿の花は決して自己に近い存在でなくむしろ、自分の醜さ(それは外見などの話というよりむしろ、精神的な)と花の美しさを否応なしに対比させる冷酷な存在であることが示されている。

濃く焼けた空見て目頭つまづいた

「目頭」という語はしばしばイディオムとして「熱くする」という動詞を引き出す。そしてそれは当然涙を流すことの婉曲的な言い回しであるから、涙そのものも追って連想させる。そして、掲句ではその涙が赤く焼けた空によって誘引されている。美しい風景はときに涙すら誘うこともあるが、その落涙は平田にとって「つまづき」だったという。他人や自然といった周囲のまなざしが引き起こす自己憐憫とそれに対する自己嫌悪のサイクルの中で、日々はつまづきの連続であった。

枯れてる虫がいまのぼくの目玉

これは前述した自他の同一視から生じる作品の典型例である。自然が自己に入り込み、同時に自分が自然に入り込むという観入の相互関係の中で、眼前の虫と自らの身体部位が入れ替わることはごく普通の現象である。なぜなら平田作品のそれはすでに虫と目玉という異物の関係ではなく、均質な世界に存在する物体Aと物体Bという等価の存在でしかなくなっているからである。

切り株に目しんしんと入ってった

今回の紹介句。「目頭」句と同様、イディオムによる印象の誘発が効果的である。「しんしんと」という副詞は基本的に雪が降る様子にだけかかる。切り株の上にかつてあった幹の姿を幻視するように、読者はドット絵のように崩れながら切り株の上へ降り積もり、溶けて切り株と一体化する眼球を想起する。思えばこうした自他境界の融解とそれによる逆接的な「確立した自己」の表現というテーマは、『エヴァンゲリオン』のそれに極めて近い。TVアニメ版『エヴァンゲリオン』の放送開始がこの句群『血縁』公開の翌年であることが、どうも僕にはただの偶然とは思えない。

細村星一郎


【執筆者プロフィール】
細村星一郎(ほそむら・せいいちろう)
2000年生。第16回鬼貫青春俳句大賞。Webサイト「巨大」管理人。



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