
姫女菀みな花びらのどこか欠け
抜井諒一
この句を読むまで、私は、姫女菀の花びらが欠けていることに気付いていませんでした。
姫女菀は、近づいてよく見ると、か細い花びらのどこかが欠けていることがあります。しかし、それはあまりにもありふれた姿であるため、普段は気にも留めずに通り過ぎていました。
しかし、この句は、その見慣れた光景の中に立ち止まります。
花びらが欠けることなく咲き揃っていた時期があり、やがて誰にも気付かれないまま、一枚、また一枚と散ってゆく。その移ろいの途中にある姿が、「花びらのどこか欠け」という言葉によって捉えられています。
私が惹かれたのは、「どこか欠け」という措辞です。
よく見れば確かに欠けている。しかし、それがどこなのかは曖昧です。
「どこか欠け」という言葉から、姫女菀は傷んだ花としてではなく、ゆっくりと姿を変え続ける存在として見えてきます。
また、この句には「みな」という言葉があります。
一輪だけではありません。見渡せば、どの花もどこか欠けている。その発見によって、「欠けていること」は偶然の出来事ではなく、姫女菀という花の自然な姿として立ち上がってきます。
そして何より印象的なのは、花びらが欠けていても、その花は、なお姫女菀であり続けていることです。
完全な姿ではないけれど、まだ姫女菀として咲いている。失われつつありながら、なお在り続けている。その姿を見つめていると、満ち足りたものの美しさとは異なる感情が湧いてきます。
欠けていくことを含めて成り立っている姫女菀の姿への、静かな肯定に近いように感じました。
句集『残影』(角川書店) 所収
(菅谷糸)
【執筆者プロフィール】
菅谷 糸(すがや・いと)
1977年生まれ。東京都在住。「ホトトギス」所属。日本伝統俳句協会会員。

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