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趣味と写真と、ときどき俳句と【#09】アメリカの大学とBeach Boys

趣味と写真と、ときどき俳句と
【#09】アメリカの大学とBeach Boys

青木亮人(愛媛大学准教授)


アメリカの大学で講演をさせてもらった時、日本文化の無常観や季節感の独特さについて語ったことがあった。

俳句やアニメ、日本画や、村上春樹の小説『風の歌を聴け』にも言及しながら無常観等について説明したところ、驚いたことがあった。それは『風の歌を聴け』の読み方の違いについてである。

風の歌の聴け』では、Beach Boysの“California Girls”が過ぎ去った青春の挽歌として幾度となく登場し、滅びゆく者たちを追悼する歌といった印象が濃い。

Beach Boysは1960年代にアメリカで活躍したポップ・グループで、特に60年代前半は“Surfin’ USA”等のサーフィン・ミュージックで一世を風靡し、ビルボード上位の常連だった。

ところが、1964年にイギリスからThe Beatlesが上陸するやBeach Boysは一瞬でトップグループの座を奪われ――Beatlesはビルボード1~5位を独占したり、テレビのライブ出演で70%強の視聴率を叩き出したりと手に負えなかった――、やがて音楽活動をめぐってリーダーのブライアン・ウィルソンと他のメンバー、またレコード会社との間に齟齬が生じ、グループは活動停止状態に陥る。

リーダーのブライアンはほぼ全ての作曲を手がけており、Beatlesに対抗しようと革新的な作品を収めた“Pet Sounds”を発表したり――Beatlesのジョン・レノンとポール・マッカートニーは作品の完成度に衝撃を受け、初めて聴いた時は言葉もなく呆然としたという――、完成すれば史上初のコンセプト・アルバムになるはずだった“Smile”――途中で放棄され、幻のアルバムになってしまった――を制作したが、ポップソングにしてはあまりに芸術的かつ複雑な世界観だったため、他のメンバーらの同意を得られず、しかもセールス的に散々に終わってしまう。その結果、ブライアンの精神は深い闇に閉ざされてしまった。

村上春樹はこういったBeach Boysの消長やBeatlesとの関係を知悉しており、また“California Girls”がサーフィン・ミュージック的なイメージで鳴らした時代のBeach Boysの最後の輝き――ビルボードで3位になり、サーフィン・ミュージック最後のヒット作となった――であることも承知だった。ゆえに“California Girls”は静かに滅び、消えゆく時代や人々を美しく彩るレクイエムとして『風の歌を聴け』で再三言及されることになったのだ。

かようなBeach Boysの経緯や“California Girls”のあり方をアメリカの大学で話したところ、アメリカの学生や同席してくれた研究者の方がひどく驚き、「そんな見方があるのか」と新鮮に感じたようだった。

その研究者の方はもちろん『風の歌を聴け』を読んだことがあり、Beach Boysがいかなる存在か、また”California Girls”も知っていた。美しき60年代を彩る懐かしいポップス――ベトナム戦争や公民権運動といった暗い影が社会を覆う直前の古き良きアメリカを奏でる歌――であり、現在のアメリカでも折々流れるそうだ。

しかし、60年代アメリカのサーフィン・ミュージックを体現した無邪気なポップ・グループの曲が、滅びゆく者へのレクイエムとして解釈しうるとは夢想だにしなかったようで、ひどく新鮮に感じたようだった。

私としては、『風の歌を聴け』に流れる「無常観」の象徴としてBeach Boysに言及したという程度で、突飛な解釈とも思わず、何気なく触れたに過ぎなかったが、アメリカの方々にそこまで驚かれるとは予想しておらず、私はその反応に驚いてしまった。

なるほど、アメリカと日本ではかくも文化が異なるのか、と感じた瞬間だった。

下は“California Girls”の曲で、『風の歌を聴け』を踏まえながら聴くとサビで繰り返されるブライアンのファルセットが切なく聞こえる……というのは、なかなか日本的な感性なのかもしれない。

【次回は5月15日ごろ配信予定です】


【執筆者プロフィール】
青木亮人(あおき・まこと)
昭和49年、北海道生れ。近現代俳句研究、愛媛大学准教授。著書に『近代俳句の諸相』『さくっと近代俳句入門』など。


【「趣味と写真と、ときどき俳句と」バックナンバー】
>>[#8] 書きものとガムラン
>>[#7] 「何となく」の読書、シャッター
>>[#6] 落語と猫と
>>[#5] 勉強の仕方
>>[#4] 原付の上のサバトラ猫
>>[#3] Sex Pistolsを初めて聴いた時のこと
>>[#2] 猫を撮り始めたことについて
>>[#1] 「木綿のハンカチーフ」を大学授業で扱った時のこと



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