トラツクが西瓜畑に横づけに 小原大葉【季語=西瓜(秋)】


トラツクが西瓜畑に横づけに

小原大葉

昔、ハンガリー駐在の社長がよく西瓜を土産に持ってきた。当時、私はフランス支店に駐在していたので、頻繁にこの恩恵をこうむることはなかったが、ドイツ本社の駐在員にはこの土産が毎年の楽しみとなっていた。ハンガリーの西瓜は巨大な楕円型をしていて、味は日本で慣れ親しんだものと同じである。ハンガリーでは、大きなスイカを山積みにして、街道沿いの露店に並べて売っている。この近くで収穫した産地直送の新鮮さを売りにして、確か一玉100円ぐらいだったか、値段がびっくりするほど安かった。駐在員にとって、日本から遥か遠く離れた国で、日本と同じ味の西瓜を食べて、日本の夏を少しでも感じることが喜びであった。

トラツクが西瓜畑に横づけに
小原大葉

俳句では西瓜は初秋の季題である。掲句の作者は鹿児島の人だが、この句が詠まれた昭和28年はトラックが西瓜畑に横付けするほどに収穫があったようだ。今はネットで探す限り、鹿児島名産幻の西瓜「徳光スイカ」が限定ながらも生産を続けられている。さらにネット情報だが、昭和10年ごろ鹿児島では養母(ヤボ)スイカなる白黄色の西瓜が食されていて、富山の薬売りが持ち込んだそうだ。昭和40年頃まで栽培されたが、時代とともに赤色の西瓜へ移行し、今では生産量が落ち込んでいる。掲句は、当時の様子を記録に残す貴重な歴史資料という読み方もできる。因みに西瓜の産地は、熊本、千葉、山形である。

さて話は変わるが、今週末に俳句甲子園全国大会が愛媛県松山市で行われる。地方大会、投句審査で選出された32校が、俳句の聖地・松山に集い熱戦を繰り広げる。フランス人が「生きる芸術」と呼んだ俳句。パブロ・ピカソが「広々とした自由」と呼んだ俳句。世界一短い詩型に青春をかけた熱き戦いを冷えた西瓜をかじりながら観戦する。

塚本武州



【執筆者プロフィール】
塚本武州(つかもと・ぶしゅう)
1969 年、立川市生まれ。書道家の父親が俳号「武州」を命名。茶道家の母親の影響で俳句を始める。2000年〜2006年までイギリス、フランス、2011年〜2020年までドイツ、シンガポール、台湾に駐在。帰国後、本格的に俳句を習い、2021年4月号より俳誌『ホトトギス』へ出句。現在、社会人学生として、京都芸術大学通信教育部文芸コース及び博物館学芸員課程を履修中。国立市在住。妻と白猫(ユキ)の3人暮らし。



【塚本武州のバックナンバー】
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