【第30回】新しい短歌をさがして/服部崇


毎月第1日曜日は、歌人・服部崇さんによる「新しい短歌をさがして」。アメリカ、フランス、京都そして台湾へと動きつづける崇さん。日本国内だけではなく、既存の形式にとらわれない世界各地の短歌に思いを馳せてゆく時評/エッセイです。


【第30回】
ルビの振り方について


「心の花」の編集委員の一員として毎月の結社誌の校正を行っている。編集部から送られてくるゲラのPDFを読んで気づきの点を記入して編集部に送り返す作業を行っている。コロナ禍の頃に自宅で作業を行いメールで送付することになった。この方法が現在も一部継続している。このため、台湾に居ても結社誌の校正の作業の一部を担い続けられている。

「パリ短歌」の編集に携わっていた頃にも感じたが、完成する前にいち早く歌稿や他の原稿を読むことができることがこの作業に従事する魅力である。他方、完成した紙面に校正漏れをみつけた際の悔しさ、落ち込みも避けがたい。何度も読み返したのにどうして気づかなかったのだろうと思っても後の祭りである。

牟田都子『文にあたる』(亜紀書房、2022)を読んだ。著者の略歴には、「1977年、東京都生まれ。図書館員を経て出版部の校閲部に勤務。2018年より個人で書籍・雑誌の校正を行う」とある。

校正にまつわるあれこれについて書かれている。こうした著書を出版するのは勇気がいるだろうと想像した。校正漏れがないようにゲラをしっかりと確認する作業が行われているのだろうと想像した。

気になったのはルビの振り方である。これは出版社の方針か、著者の方針か、あるいはそれ以外の事情なのかはわからない。

醤油ょうゆ」(044頁)

うまく再現できていないかもしれないが、「醤油(しょうゆ)」でもなく、「(しょう)(ゆ)」でもない。かぎかっこの( 「 ) の扱いをどう考えるかによるのだろう(参照:下記画像)。

小池光『サーベルと燕』(砂子屋書房、2022)を改めてめくってみた。巻頭の一首目、

四十歳になりたるわが()と凧揚げす元旦の空に凧あがりたり 

()」のようにルビは中央揃えとなっている。

ゆふぐれのせまる寒風うけながら(つくだ)()(せん)のいしぶみのまへ 

(つくだ)」、「()」、「(せん)」のように一字一字にルビを振っているようだ。

遠き日の読書のなかに走り去る(やつ)(ふさ)といふ犬ありにけり 

(やつ)」、「(ふさ)」のように一字一字にルビを振っているようだ。

(よどみ)(ばし)の夜のたもとを行きしときあらはれし黒犬のわが(もも)嚙みき

「澱橋」のルビはここではうまく再現できていないのであるが、実際の紙面ではルビの最後の文字の「し」は橋の字よりもはみ出しているように見える。

吊革を握りてきたる手をあらふこんなことしかできぬ暗愚(おろか)さ 

「暗愚」の二字に「おろか」とルビを振っている。このため、「ろ」のルビが「暗」と「愚」のちょうど真ん中あたりに来ている。

(はく)(しよう)の風をうたひて斎藤茂吉迷ふことなしわづかなりとも 

(はく)」、「(しよう)」のように一字一字にルビを振っているようだ。

うまく再現できていないと思われるので(もっと別の理由でも)ぜひ小池光『サーベルと燕』を手に取ってみてください。

以上、ルビの振り方は難しい。


【執筆者プロフィール】
服部崇(はっとり・たかし)
心の花」所属。居場所が定まらず、あちこちをふらふらしている。パリに住んでいたときには「パリ短歌クラブ」を発足させた。その後、東京、京都と居を移しつつも、2020年まで「パリ短歌」の編集を続けた。歌集『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(2017、ながらみ書房)、第二歌集『新しい生活様式』(2022、ながらみ書房)。X:@TakashiHattori0


【「新しい短歌をさがして」バックナンバー】
【29】西行「宮河歌合」と短歌甲子園
【28】シュルレアリスムを振り返る
【27】鯉の歌──黒木三千代『草の譜』より
【26】西行のエストニア語訳をめぐって
【25】古典和歌の繁体字・中国語訳─台湾における初の繁体字・中国語訳『萬葉集』
【24】連作を読む-石原美智子『心のボタン』(ながらみ書房、2024)の「引揚列車」
【23】「越境する西行」について
【22】台湾短歌大賞と三原由起子『土地に呼ばれる』(本阿弥書店、2022)
【21】正字、繁体字、簡体字について──佐藤博之『殘照の港』(2024、ながらみ書房)
【20】菅原百合絵『たましひの薄衣』再読──技法について──
【19】渡辺幸一『プロパガンダ史』を読む
【18】台湾の学生たちによる短歌作品
【17】下村海南の見た台湾の風景──下村宏『芭蕉の葉陰』(聚英閣、1921)
【16】青と白と赤と──大塚亜希『くうそくぜしき』(ながらみ書房、2023)
【15】台湾の歳時記
【14】「フランス短歌」と「台湾歌壇」
【13】台湾の学生たちに短歌を語る
【12】旅のうた──『本田稜歌集』(現代短歌文庫、砂子屋書房、2023)
【11】歌集と初出誌における連作の異同──菅原百合絵『たましひの薄衣』(2023、書肆侃侃房)
【10】晩鐘──「『晩鐘』に心寄せて」(致良出版社(台北市)、2021) 
【9】多言語歌集の試み──紺野万里『雪 yuki Snow Sniegs C H eг』(Orbita社, Latvia, 2021)
【8】理性と短歌──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)(2)
【7】新短歌の歴史を覗く──中野嘉一 『新短歌の歴史』(昭森社、1967)
【6】台湾の「日本語人」による短歌──孤蓬万里編著『台湾万葉集』(集英社、1994)
【5】配置の塩梅──武藤義哉『春の幾何学』(ながらみ書房、2022)
【4】海外滞在のもたらす力──大森悦子『青日溜まり』(本阿弥書店、2022)
【3】カリフォルニアの雨──青木泰子『幸いなるかな』(ながらみ書房、2022)
【2】蜃気楼──雁部貞夫『わがヒマラヤ』(青磁社、2019)
【1】新しい短歌をさがして


挑発する知の第二歌集!

「栞」より

世界との接し方で言うと、没入し切らず、どこか醒めている。かといって冷笑的ではない。謎を含んだ孤独で内省的な知の手触りがある。 -谷岡亜紀

「新しい生活様式」が、服部さんを媒介として、短歌という詩型にどのように作用するのか注目したい。 -河野美砂子

服部の目が、観察する眼以上の、ユーモアや批評を含んだ挑発的なものであることが窺える。 -島田幸典


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

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