白き掌にコルト凛々として黒し 日野草城【無季】

 連作「マダム コルト」は、洋画の影響が指摘されているものの、具体的な映画名は分かっていない。昭和の初め頃に日本で公開された女スパイの映画としては、『マタ・ハリ』 (1931年製作、日本公開1932年)が有名である。第一次世界大戦の時にスパイ容疑で逮捕されたパリのストリップダンサーをモデルにしている。映画は、エキゾチックな雰囲気のダンサーでありながら妖艶なスパイでもあるマタ・ハリを女優ガルボが演じ大ヒットした。当時は、他にも女スパイの登場する映画が流行っていたのかもしれない。実際に鑑賞したのか、人から聞いた内容を俳句にしたのか、映画からヒントを得て想像を広げていったと思われる。
 新興俳句と映画といえば、セクト・ポクリットでも青木亮人氏が「趣味と写真と、ときどき俳句と38」にて、「山口誓子『汽罐車』連作の学術研究とモンタージュ映画」で述べている。
   夏草に汽罐車の車輪来て止る  山口誓子
 掲句は、ヴァルター・ルットマン『伯林 大都会交響楽』(1927)の一場面を描写したものであるとの説を展開した。

 誓子が映画の一場面をクローズアップして丁寧に写生するのに対し、草城は場面の背景を詠み込む。物語を想像できるように詠むのである。その上で物に焦点を当てて描写してゆく手法をとる。そのため、連作のなかには一句独立となる句とならない句ができる。背景の説明に終始する句は無季になる傾向がある。

 物の描写という点で、『轉轍手』には「銃」を詠んだ句が他にも見える。
   拳銃を玩具のごとく弄せりき
   氷雪に愛(かな)しき機関銃と寝る
 一句目は「犯罪」と題した連作の一句で、犯罪者の男性が拳銃をおもちゃのように扱っていることを詠んでいる。二句目は戦火想望俳句で遠征の地の兵士の様子を詠んでいる。機関銃は兵の身を守るものでもあると同時に人を殺すものでもある。「愛し」に「かなし」のルビを振る。どちらの句も銃に対する感情が見える。
 銃といえば、山口誓子にも有名な句がある。
   ピストルがプールの硬き面にひびき  山口誓子
 この銃は、競泳のスタート合図のピストルである。競泳の際のプールの面の張りつめた緊張感が伝わってくる名句である。競技用のピストルということもあり、句は音の描写に終始しており、感情は詠まれていない。昭和11年にこの句が「馬酔木」に発表された際、当時の若手はこぞってピストルを詠んだという伝説がある。
 草城の「マダム コルト」の初出は昭和12年。誓子のピストルの句を意識していたかどうかは分からない。銃の種類が全く異なるため影響を受けた句とは考えにくい。ただ、物に焦点を当てその描写に終始する誓子と物語を背景に描こうとする草城との違いが明確に見えてくる。俳句に物語性を持たせる草城の句は、榎本一郎氏の指摘するようにエンターテインメント性が強いのであろう。

 草城俳句における物語性は第一句集『花氷』の頃より確認することができる。
   くちびるに触れてつぶらやさくらんぼ
   舌に載せてさくらんぼうを愛しけり
   聖くゐる真夜のふたりやさくらんぼ
   逢へぬ夜のさくらんぼうを踏みつぶす
 どの〈さくらんぼ〉にもエロスがある。果実にエロスを感じているからであろうか、身体的な感触を通して〈さくらんぼ〉の描写がなされている。そして、どの句にも感情が見える。さらに、恋の状況も見える。相手の女性を愛らしく感じていること、プラトニックであるがゆえのエロスの視点、ときには嫉妬の感情など。一句の中に恋の物語が見えてきて、さらには連作ではないのだが、連作を意識したかのようである。

 草城は俳句を詠みながら物語を構築するタイプだったのではないだろうか。物語があってそれに沿って作るのではないのだ。「ミヤコホテル」のように結婚初夜というテーマのようなものがまずあって、詠みすすめていくうちに物語が出来上がってゆく。もちろん最初は、実際に見たものや実際に起こった現象を詠んでいた。そのうちに発想が広がりフィクションになってゆく。季題発想というのは、物語を産みやすい。特に、馴染みのない季語が題として出た際には妄想で詠むしかないのだから。フィクションや物語創作は俳句によって鍛えられたのだ。だから、初期の頃の小説は実際にあった出来事を書いていた。やがて、俳句から生まれた物語を小説に書くようになったのではないか。草城にとって小説は俳句の二次創作なのである。
 そう考えると「マダム コルト」は、最初は映画を題材にして句を詠もうとした。それが、『昨日の花』の〈春の夜や拳銃(コルト)を愛す夫人の手〉なのであろう。その後、「婦人公論」から作品の依頼があった時に、婦人向けにエンターテインメント性の高い内容で女性が主役の連作にしようと考えたのだ。結果、「マダム コルト」を思いついた。映画の内容はすでにうろ覚えで、妄想も混じっているのだろう。婦人向けを意識したため、〈ロリガン〉というフランスの高級香水の商品名が入るのである。当時の婦人からしたら女スパイは格好良く映ったに違いない。それから11年後に書いた小説は、舞台を日本にして男を弄ぶ夫人を描いたのだが、連作「マダム コルト」のようなインパクトは無かった。
「マダム コルト」は、俳句だから面白いのである。それまで誰も俳句で詠もうとしなかった題材に挑戦したところに魅力がある。現在では、評価しにくい作品ではあるものの、話題性のある一連である。新興俳句の新しい可能性を模索していた時代だからこそ詠めた作品であったのだ。もしかしたら今後、平明な句に飽きた俳壇から評価される未来があるかもしれない。

(篠崎央子)


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【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。



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