生まれて来たか九月に近い空の色 平田修【季語=九月(秋)】


生まれて来たか九月に近い空の色

平田修
(『闇の歌』昭和六十年ごろ)

ハッとさせられる冒頭のフレーズ。「生まれて来たか?」という問いかけとも、「(ようやく)生まれて来たか。」という感慨の言葉とも読める。長い苦悩の末に湧き上がった一編の詩か、予定日を過ぎて産声を上げた我が子に向ける言葉か。いずれにせよ、どこか祝福のニュアンスを感じさせる読み味だ。畳み掛けるようにやってくるのは「九月に近い空の色」。これはもうすぐ九月になりそうな(つまり八月末頃の)空の色だということではなく、イメージの九月。空の色は青だったり白だったりするわけだが、今日の空は九月に近い。野暮を承知で言えば、僕は少しセピアがかった雲一つない青色を思った。何かが実体として産み落とされる。すると空は無限に広がっていき、九月という概念の世界へと拡散していく。無骨だが、胸を打つ讃歌のような句だ。

掲句は、『闇の歌』において先々週に紹介した〈芥回収ひしめくひしめく楽アヒル〉先週の〈身の奥の奥に蛍を詰めてゆく〉に次いで並置されている。一句一句の主張が激しく、一つとして素通りできない力強さを感じる句群であることが伝わっているだろうか。『闇の歌』の収録句数は60句。長丁場になりそうな予感がする。

細村星一郎


【執筆者プロフィール】
細村星一郎(ほそむら・せいいちろう)
2000年生。第16回鬼貫青春俳句大賞。Webサイト「巨大」管理人。



【細村星一郎のバックナンバー】
>>〔23〕身の奥の奥に蛍を詰めてゆく 平田修
>>〔22〕芥回収ひしめくひしめく楽アヒル 平田修
>>〔21〕裁判所金魚一匹しかをらず 菅波祐太
>>〔20〕えんえんと僕の素性の八月へ 平田修
>>〔19〕まなぶたを薄くめくった海がある 平田修
>>〔18〕夏まっさかり俺さかさまに家離る 平田修
>>〔17〕純粋な水が死に水花杏 平田修
>>〔16〕かなしみへけん命になる螢でいる 平田修
>>〔15〕七月へ爪はひづめとして育つ 宮崎大地
>>〔14〕指さして七夕竹をこはがる子 阿部青鞋
>>〔13〕鵺一羽はばたきおらん裏銀河 安井浩司
>>〔12〕坂道をおりる呪術なんかないさ 下村槐太
>>〔11〕妹に告げきて燃える海泳ぐ 郡山淳一
>>〔10〕すきとおるそこは太鼓をたたいてとおる 阿部完市
>>〔9〕性あらき郡上の鮎を釣り上げて 飴山實
>>〔8〕蛇を知らぬ天才とゐて風の中 鈴木六林男
>>〔7〕白馬の白き睫毛や霧深し 小澤青柚子
>>〔6〕煌々と渇き渚・渚をずりゆく艾 赤尾兜子
>>〔5〕かんぱちも乗せて離島の連絡船 西池みどり
>>〔4〕古池やにとんだ蛙で蜘蛛るTELかな 加藤郁乎
>>〔3〕銀座明るし針の踵で歩かねば 八木三日女
>>〔2〕象の足しづかに上る重たさよ 島津亮
>>〔1〕三角形の 黒の物体オブジェの 裏側の雨 富沢赤黄男


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