ハイクノミカタ

結構違ふよ団栗の背くらべ 小林貴子【季語=団栗(秋)】


結構違ふよ団栗の背くらべ

小林貴子

俳句の楽しみのひとつは、句の「発話の向き」を考えることである。

「発話の向き」というのは、誰が誰に向かって言葉を発しているのか、ということである。

演劇であれば、登場人物に向かっていうのと、観客に向かっていうのと、自分自身に向かっていうのとでは、同じセリフでも意味が変わってくる。これは、俳句でも案外、というかかなり、重要なポイントだ。

掲句では「結構違ふよ」という言葉遣いのなかに、少し外からアドバイスをするような雰囲気が見える。

たとえば、森のなかの切株のうえで、子供が文字通り、「団栗の背くらべ」をしているという景を思い浮かべてみよう。

しかしその場合には、子供が「団栗の背くらべ」という言葉の意味をあらかじめ知っていて、その実証実験をしている場面でなければ、先の言葉が生きてこないだろう。

そもそも、実際に並べ立てなくても、団栗の大きさがいろいろであることは、見ればすぐにわかる。一目瞭然だ。

そう思えば、子供と遊んでいる景などではなく、作者がさまざまな大きさの団栗を見て、「団栗の背くらべ」という言葉にツッコミを入れているだけ、とも思えてくる。

そういう言葉があるけどさ、実際には「結構違ふよね」というわけである。

そう、団栗にもきれいなもの、面白いかたちのもの、いろいろある。つまり、個性がある。

こうした解釈にたどり着いたあとで、作者が中学校の教師であることを知ると、これはそのまま、彼女の教師生活の実感であり、教育方針でもあるのだな、と思いいたる。

学校とは、ともすれば、個性を失う場所になりかねない。同じ制服を着て、同じ授業を受け、同じ給食を食べ、同じ時間に帰宅する。

子供たちのひとりひとりにも個性があるし、苦手なものもあれば、得意なものもある。家庭の事情だって、政治観だって、ジェンダー意識だって、対人関係だってちがう。

そうしたミクロの違いを、どれだけ無視することなく、子供と接することができるか。そんな問いかけを、作者自身は教師として、きっともっているのだろう。

加うるに、私たちの社会はいま、「私たち」とくくられる構成員のひとりひとりが、「同じ」であるとうっかり考えてしまうことに、慎重になることを学んでいる最中だ。

そして、どうしたら「ちがう」もの同士が、お互い不快な思いをせずに、一緒に暮らしていけるのかを、真剣に考えている最中である。

「結構違ふよ」という言葉は、したがって、「みんな同じ」だと思っているすべての人に差し向けられている。

そう考えることもできる。

この私の拙い解釈に向かって、「結構違ふよ」と思っていただくのは、いっこうに構わない。

だいじょうぶ、私は「みんな同じ」とは、思っていません。

俳句の読みは、「団栗の背くらべ」などではない。

むしろ、「いろいろな読みがあるよね」というのは、俳句に慣れ親しんでいる人の共通認識のひとつだ。

来るべき社会のモデルは、案外、俳句のなかに隠されているかもしれない。

『黄金分割』(朔出版、2019)より。

(堀切克洋)

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