
初秋や何をせむとて目鏡ふく
一条梢
昔の歳時記には新鮮な出会いがある。この句に目がとまったので作者を参照したが恥ずかしながら存じ上げず、調べてみたところ昭和55年7月5日の「俳句文学館」に行き当たった。一条さんは俳人協会の新入会員として紹介されている。京都府在住で「馬酔木」「向日葵」所属。
ぼうっと見ていると今は俳人協会に属していない結社の名前がちらほら。もう少し細かく見てみると角川春樹(河)、野村研三(沖)、鈴木貞雄(若葉)、村上喜代子(浜)の名前が!(結社名表記は「俳句文学館」に倣っています。)俳人協会入会同期を探すのも興味深い。
トップ記事は松山市子規記念博物館の建設報告。完成予想図が掲載されている。「阿波野青畝顧問 虫を語る」では青畝が好きな虫について熱く語っていて収穫だった。
リアルタイムの「俳句文学館」にもそんな歴史が刻まれているのだろうが、半世紀後に読むとより興味深いことであろう。
初秋や何をせむとて目鏡ふく
「何をせむとて」の主体は作者以外の誰かの動作を見ているととることもできるが自分の行動に対しての所感として読みとった方が断然面白い。
蛇足ながら、目鏡は目=眼で眼鏡のこと。原句に倣うと読みにくいのでここでは「眼鏡」で統一します。
何かをしっかり観ようとして眼鏡をふき始めたものの、ふいているうちにそもそも何をしようとしていたのかも忘れてしまった。それでも眼鏡をふく手は止まらない。やっているうちに無心になってしまったのだ。何かをするための準備の段階でその準備に夢中になってしまうのはよくあること。どことなく感じる秋の気分と、忘れてしまうような用事の温度感が響きあう。
忘れたことを嘆くわけではなく、「初秋」に落とし込んだ心のありようが心地よい。
秋晴の何処かに杖を忘れけり 松本たかし
掲句はこのたかし句の序章のようにも思われる。暑さという重圧を失った秋の空虚感は忘れ物に通じるものがある。それを寂しいという方向に持っていくこともできるが、忘れ物につなげるのはあっけらかんとしていて読み手の心を軽くする。天気でいえば前者は雨で、後者は晴れということになるだろう。ああ、だから秋晴なのか。
『新編 俳句歳時記』(1978年講談社刊)より。
(吉田林檎)
【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)。
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