芽柳の傘擦る音の一寸の間
藤松遊子
せっかちな東京の桜は早くも散り始めて、緊急事態も解除されて、年度も切り替わって、移り気なひとたちはもう別のことへ目が向き始めているようだ。
でも、それこそ、いろいろと絡み合ったこの町での最適な暮らしかたなんじゃないかなとも思う今日この頃。
みなさん、花も終わった花の金曜ですよ。
というわけで、落花の句も少し考えていたけれど、どうもほかの地域ではこれから花盛りっていうときに、散る話ってのも感じがよくないよね、という、八方美人の性が出て、こんなときはこんな句。
芽柳の傘擦る音の一寸の間
だいたい、この作者には、藤も松も名前にあったりして、それじゃあ、やっぱり、そのどちらでもなく柳の芽の句くらいがちょうどいいというこじつけがあったりなかったり。
実際のところ、今週の東京はよく雨が降った。本当にいつまで晴れるのって思っていたころが嘘のように、ぐずぐず曇って夕方に少しだけ降ると言われていたのが朝のうちに降ったり、朝から降るよと言われていたのが降らないねと朝食をとるうちに大降りになったり。
何もわざわざ花の最中に今年の雨は降らなくてもと思ってみたりするけれど、よく考えればこの頃は季節の変わり目、そりゃ雨も降るのであった。
掲句の季題は「芽柳」、手元の歳時記の立項では三月なのだけれど、この句集の並びではもう少し後にある。今年の桜にも言えることだけれど、このころの季節は三寒四温の一寸したさじ加減で〇寒に間に合ったり、〇温に乗り遅れたりで、数週間はざらにずれる。この年の芽柳は雨の頃だったのだろう。
久々の傘を差すのはたのしい。と、差す前は気づかないけれど、えー、差しちゃう?などと考えながら差すと、それに気づく。何が楽しいって、数週間ぶりであれば、その傘に吹く風も、傘の上の明るさも、雨の強さも、そして、傘に触れる木々の音も変わるから。桜の枝は「一寸」で離れてしまうほどには撓らないし、花びらに影はあっても音をさせるほどの硬質さはない。夏の雨は強くて傘に触れる木の感触なんてかき消してしまうし、何より夏の木は傘に触る高さということがない。桐の葉はもう少し唐突で、銀杏の葉はもっと粘着質だ。
傘を擦る音が聞こえるくらいの雨の強さで、「一寸」な感じの葉、これはやっぱり「芽柳」しかないんじゃないだろうか。
私たち読者には、柳の下を通る傘を持った人を思い描くこともできる。けれど、遊子は傘の内からは姿の見えない芽柳の音の長さをもって、その姿を描くことにした。
柳を名所とする事は、昔に比べれば聞かなくなってきたけれど、その内のいくつかは東京にある。水の都としてのふさわしさはもちろん、その執着のないしなやかさがあっていると思う、一方で怨念の姿ともされる柳もある。さっぱりと見える柳だからこそ、そういうストーリーをでっちあげたくなるのかもしれない。
「芽柳」は、生まれたばかりの柳、そのはじめの勢いのような、さらりとした週末になりますように。
『少年』(1982年)所収
(阪西敦子)
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【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】