毒舌は健在バレンタインデー 古賀まり子【季語=バレンタインデー(春)】


毒舌は健在バレンタインデー

古賀まり子
『源流

 会えばお互い毒舌を交わし合っているのだが、実は仲良しという間柄の異性は、生涯に一人はいるであろう。軽口を叩く仲とでもいうのだろうか。特に幼い頃の恋は、会えば喧嘩ばかりしているのだが、それが何とも心地良い時間となる。素直になれないので、相手の気を引くために「バカ」と言ってみたり「アホ」と言い返したり。喧嘩というよりは、じゃれ合っているという感じか。

 小学生の頃、よく一緒に木登りをしたりチャンバラ遊びをしたりする男の子がいた。お転婆な私は、女の子と人形遊びをするよりは、彼と外で泥だらけになって遊ぶ方が楽しかった。気の合う二人ではあったが、彼は、成績優秀にしてスポーツ万能のイケメン、対して私は、成績不良の少し鈍くさい女の子。だが、魚釣りや茸狩りは彼よりも得意であった。そんなことから教室では、彼は私を「バカ」とか「ドジ」とか言うが、放課後になると私が彼を「下手くそ」とか「ダメな奴」とか罵る。そうかと思うと、彼は私の宿題を手伝ってくれたり、私も彼に魚の釣れる場所をこっそり教えたりもした。悪口を交わし合いながらも一緒に居て楽しい相手であった。

 小学校の卒業間際、中学校の制服の試着会があった。学ランを着た彼を正直格好良いと思ったが「似合わない」と言ってしまう。彼もまた「お前こそ泥だらけの体操服の方がお似合いだ」と言う。おさげをしてスカート姿の私が彼の目にどう映ったのか、真意は分からないままである。彼とは、中学生になってからは話をすることもなくなってしまった。

 幼き恋に限らず、お互いに素直になれないまま恋を育んでゆく物語は、世の中に沢山あるだろう。

 大和和紀の漫画『はいからさんが通る』もまた、性格も境遇も違う許嫁の二人の軽妙なやり取りが面白い。ヒロインの紅緒は、士族出身の父親に剣道を教えられて育った大正時代のハイカラガール。許嫁の伊集院忍は、伯爵家の御曹司でイケメンのエリート軍人。じゃじゃ馬娘の紅緒は、忍に惹かれつつも素直になれず反抗的な態度を取る。忍もまた、破天荒な言動を繰り返す紅緒の健気な一面を知り惹かれるが、愛しさ故にからかってしまう。

 紅緒との衝撃的なお見合いの翌日、忍は美しき令嬢環(たまき)に誘われて散歩に出かける。花屋にて紅花を見かけ、紅緒を思い出す。環との会話を中断して紅緒に花を贈る手配をする忍。これは脈有りと思いきや、紅緒は自宅に届けられた紅花を叩きつけ踏んづけてしまう。何故なら、紅花は『源氏物語』の醜女「末摘花」を想起させる花であったからだ。紅緒が怒るのも当然である。そんな花を贈った後、密かに紅緒の反応を想像し、ほくそ笑む忍は、本当に嫌な奴だ。だけれども、士族の娘で女学生の紅緒の教養の高さを知らなければできない、からかい方である。

 その後花嫁修業のため、伊集院家に住まうことになった紅緒は様々な騒動を引き起こす。反発する紅緒をからかい続ける忍との楽しい婚約生活の最中、忍にロシア出兵の命令が下る。忍の身を案じ、初めて気付く恋心。その想いを告げられないまま、紅緒は忍を送り出すこととなる。

毒舌は健在バレンタインデー 古賀まり子

 お互いに惹かれ合っているのだけれども、プライドが邪魔をして毒舌を交わしてしまうことがある。相手をけなすことによって優位に立ちたいというよりは、相手の欠点をあげつらいながらも、そんな一面も好きというアピールなのだが、普通は伝わらない。

 当該句は、そんな毒舌の交わし合いも楽しんでいるようにみえる。本当に分かり合った相手なのだろう。不器用ながらバレンタインの日に手作りチョコを渡した時、素直に「ありがとう」と言われたら逆に居心地が悪くなってしまうような相手。「何だよこれ、不味そうじゃん。食べたら三日間下痢だろ」とか言ってくれた方が嬉しい相手。男性の照れ隠しであるが故の毒舌をちゃんと分かっているのだ。女性もまた「誰からもチョコを貰えない可愛そうな貴方に恵んでやってるのよ」みたいな返答をするのであろう。「しょうがないから貰ってやるよ」なんて男性の返しまで想像してしまう。

 「嫌い嫌いも好きのうち」という新鮮なやり取りが続いている羨ましい仲である。そんな私も夫には、いつも毒舌を吐いている。愛情の裏返しというか、気を引きたいだけなのだ。人からは欠点と言われるようなところが、一番愛おしいのだから。でも毒舌は、相手を傷つけてしまうことがあるのでほどほどに。今年のバレンタインデーは、毒舌を吐いた後に、耳元で「でも好き」と囁いてみようか。

篠崎央子


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓


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