冬の日へ曳かれちくしょうちくしょうこんちくしょう 平田修【季語=冬の日(冬)】

冬の日へ曳かれちくしょうちくしょうこんちくしょう

平田修
(『白痴』1995年ごろ)

掲句は前回まで紹介してきた句群『血縁』に続いて1995年ごろに発表された句群『白痴』からの引用。白痴とは知能の低い者や知的障碍を持つ人を差別的に呼んだ語で、現在では放送禁止用語に指定されている。とはいってもドストエフスキーや坂口安吾の作品タイトルにもなっている言葉であり、一定の時代までは表現として根付いていたものであると言える。

今日からはしばらくこの『白痴』からの引用を続けるが、どうもこの句群には躁鬱的表現が多い。自死という結末を迎えた作家の晩年に差し掛かっていくのだから当然と言えば当然だが、通読するにはすこしこたえるところがある。かなり健康な精神の持ち主と自負する僕ですら数句読むごとに圧し潰されそうになるのだから、その負の熱量ともいうべき力強さは相当なものである。落ち込みがちな人や、ひどいうつ状態にある人は慎重に読み進めてほしい。

冬の日へ曳かれちくしょうちくしょうこんちくしょう

この頃になると平田の韻律は完全にその独自性を獲得している。『白痴』以前を韻律という暴れ馬をなんとか乗りこなそうとする試行錯誤とするならば、『白痴』以降の作品には打ちのめしたその暴れ馬を紐で振り回しながら駆け回るような奔放さを感じる。重要なのは決して韻律を放棄したわけではなく、韻律や定型といった自然の決まり事を自らの支配下においた点である。(天から与えられたものかのように)定型の絶対性を信じるわけでも、そこに身を任せるわけでもない。韻律を大剣のごとく振り回す姿は山頭火や兜太のそれとも異なる、小田原の俳人・平田修の紛れもない個性である。

たとえば掲句は、〈冬の日へ曳かれちくしょうこんちくしょう〉とすれば定型らしくなる。そもそもが同じ言葉の繰り返しだから意味も変わることはないし、”ふつう”の感覚から作っていけばそう仕上げるのが自然だろう。しかし平田はその予定調和を許さない。言葉が溢れ出ているような、あるいは身体から言葉が押し出されてきたような韻律。これは兜太の言葉を圧縮したような高密度のテンポとはある意味で対極にあるといえる。

そしてこの”強靭な自由”とでもいうべき韻律意識は、句座をともにした大石雄介氏の影響を強く受けて醸成されたものだろう。兜太と袂を分かった雄介さんの作品からは「海程」のエッセンスも当然感じられるが、平田と同様に身体の底から溢れ出てくるような言葉の並びと韻律が特徴的である。

鯖街道が身を通ってるがまずみの実  大石雄介
冬に入るでくのぼう魚が鳴く蝶が止まる
石榴石榴石榴新疆ウイグル自治区
氷温林檎がつるっとわが管に入るよ

(いずれも『包』159号に収録)
https://drive.google.com/drive/folders/1Q3oicplpiEgqVXK_7lRBexFYDqdwLEqg

雄介さんと句会をすると、その問題意識が非常によく分かる。そもそもあまり句を取らない雄介さんだが、中でも「よくできた句」「共感できる句」といった類のものには一切反応しない。その基準を勝手に推察するのもおこがましい話だが、雄介さんが選ぶ句に共通する要素は「エネルギー」や「力強さ」、そして「言葉と真剣に向き合っていること」である。句会に行くといつも自分の句の無意識に甘くなっている部分を看破されるような感覚があり、和やかな句会なのに身が引き締まる思いがする。そして同時に、平田がいた頃の小田原句会はどんな空気だったのかと想像してしまう。タイムマシンがあったなら、句を持って覗きに行ってみたい。

細村星一郎


【執筆者プロフィール】
細村星一郎(ほそむら・せいいちろう)
2000年生。第16回鬼貫青春俳句大賞。Webサイト「巨大」管理人。



【細村星一郎のバックナンバー】
>>〔33〕切り株に目しんしんと入ってった 平田修
>>〔32〕木枯らし俺の中から出るも又木枯らし 平田修
>>〔31〕日の綿に座れば無職のひとりもいい 平田修
>>〔30〕冬前にして四十五曲げた川赤い 平田修
>>〔29〕俺の血が根っこでつながる寒い川 平田修
>>〔28〕六畳葉っぱの死ねない唇の元気 平田修
>>〔27〕かがみ込めば冷たい水の水六畳 平田修
>>〔26〕青空の黒い少年入ってゆく 平田修
>>〔25〕握れば冷たい個人の鍵と富士宮 平田修
>>〔24〕生まれて来たか九月に近い空の色 平田修
>>〔23〕身の奥の奥に蛍を詰めてゆく 平田修
>>〔22〕芥回収ひしめくひしめく楽アヒル 平田修
>>〔21〕裁判所金魚一匹しかをらず 菅波祐太
>>〔20〕えんえんと僕の素性の八月へ 平田修
>>〔19〕まなぶたを薄くめくった海がある 平田修
>>〔18〕夏まっさかり俺さかさまに家離る 平田修
>>〔17〕純粋な水が死に水花杏 平田修
>>〔16〕かなしみへけん命になる螢でいる 平田修
>>〔15〕七月へ爪はひづめとして育つ 宮崎大地
>>〔14〕指さして七夕竹をこはがる子 阿部青鞋
>>〔13〕鵺一羽はばたきおらん裏銀河 安井浩司
>>〔12〕坂道をおりる呪術なんかないさ 下村槐太
>>〔11〕妹に告げきて燃える海泳ぐ 郡山淳一
>>〔10〕すきとおるそこは太鼓をたたいてとおる 阿部完市
>>〔9〕性あらき郡上の鮎を釣り上げて 飴山實
>>〔8〕蛇を知らぬ天才とゐて風の中 鈴木六林男
>>〔7〕白馬の白き睫毛や霧深し 小澤青柚子
>>〔6〕煌々と渇き渚・渚をずりゆく艾 赤尾兜子
>>〔5〕かんぱちも乗せて離島の連絡船 西池みどり
>>〔4〕古池やにとんだ蛙で蜘蛛るTELかな 加藤郁乎
>>〔3〕銀座明るし針の踵で歩かねば 八木三日女
>>〔2〕象の足しづかに上る重たさよ 島津亮
>>〔1〕三角形の 黒の物体オブジェの 裏側の雨 富沢赤黄男


関連記事