きちかうの色を深むることもなく 三村純也【季語=きちかう(秋)】


きちかうの色を深むることもなく
三村純也

私達は、何かが起こった時には気付くことができます。では、何も起こらなかったことには、どれくらい気付くことができるのでしょうか。

そんな問いを抱きながら、掲句の「色を深むることもなく」を見つめてみました。

変化しなかったことに気付くということは、それだけ桔梗の変化へ眼を向けていたということでもあります。そこには、見る側が桔梗へ眼差しを向けていた時間が在ります。

ところが、繰り返し読むうちに、
「色を深むることもなく」と言われた私は、無意識に、
深まること=変化・出来事
深まらないこと=何も起こらない
と捉えていたことに違和感を覚えはじめました。

もしかしたら、桔梗の側からすると「何も起こらなかった」わけではないのかもしれません。桔梗は、その色でそこに咲いています。
そう考えると、「深まらない」ことを「何も起こらない」こととして捉えていた自分の読みの方が、少し不思議に思えてきました。
だんだんと、変化の有無ではなく、その色でそこに在る桔梗そのものへ眼差しが戻っていきました。

また、「こともなく」の「も」ですが、私には、「桔梗はそこにあり、色を深めることもなく……」と、その先へ時間が続いていくようにも感じられました。

もう一つ、「桔梗」ではなく、古い呼び名である「きちかう」が選ばれています。
この呼び名に触れると、目の前に咲く桔梗だけではなく、これまで幾度となく咲き、人に見つめられてきた桔梗の時間まで重なってくるように感じます。

人間の目に見える大きな変化が起こらなくても、時間は過ぎていく。
桔梗は桔梗の時間の中に咲いている。

この句を読んだ後、私が次に桔梗を見る時には、以前とは少し違う時間をその前で過ごすような気がします。

角川『俳句』2026年9月号 所収

菅谷糸


【執筆者プロフィール】
菅谷 糸(すがや・いと)
1977年生まれ。東京都在住。「ホトトギス」所属。日本伝統俳句協会会員。




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