愛しコルト秘む必殺の弾丸を八つ 日野草城【無季】

 表現への挑戦としては、「雪」と題して詠んだ以下の二句が斬新である。一句目は、雪の白に対し、〈メロンの緑〉と〈レモンの黄〉を詠んでいる。物だけで勝負した句なのだが鮮やかな色が脳裏に残る。二句目は、雪に〈声〉を感じ、珈琲は〈重厚〉、紅茶は〈軽快〉と描写し、味覚を聴覚で表現している。視覚、味覚、聴覚といった感覚の自在な描写は、現代俳句の技法のひとつとなってゆく。
   雪の窓メロンの緑レモンの黄
   雪の声珈琲は重厚紅茶は軽快

 音楽鑑賞が趣味であったのか、音楽を題材にした句もある。「マンドリン オーケストラ」と題した連作は、奏者の身体的描写が艶めかしい。艶っぽい描写は草城俳句の特色のひとつである。
   マンドリンやさしき膝に載りそろふ
   コントラバス白き腕かひなを纏きて弾く
   男をの指にギターつぶやきためいきす
   マンドリン哭きつむせびつ女めの指に
   白き手のひらひら奏でたかぶりつ

 題材が新しいと表現も新しく見えるものである。「ぱるぴいる・らあでん」と題した連作は、美容院を題材とする。二句目の〈僕の毛が死んでいる〉は、床に切り落ちた毛のことであろう。口語的な表現に可笑しみがある。四句目の〈べえらむ〉とは、整髪料のこと。輸入ものの商品名を詠み込むのもまた新しい試みであった。
   大鋏耳殻を剪らふ剪らふとする
   ぞつくりと僕の髪の毛が死んでゐる
   ねむたうて剃刀に撫でまはされる
   べえらむがしゆんと頭蓋に沁み透る

 「犯罪」と題した連作は、実際に起こった事件なのか、妄想なのかは分からない。句の内容から、恐喝犯は拳銃を持つ見目麗しい男性で、それを匿う情婦も美人である。まるで映画の内容に触発されて詠んだかのようだ。
   恐喝犯邪悪の眉目清秀に
   微笑して恐ろしきことを告げたりき
   拳銃を玩具のごとく弄せりき
   千金を奪ひしかその白き手に
   美しき情婦恐喝犯を棄てず

 句集『轉轍手』のなかでひときわ異彩を放つ連作が「日光と風」と題した「裸体倶楽部」を詠んだ句である。題の後に前書きがあり、「欧羅巴ニハ裸体倶楽部ナルモノアリテ健康ト修養トニ資スト云フ」と記す。「裸体倶楽部」とは、19世紀後半からドイツで流行し始めたヌーディズム・ネイチャリズムのことで、健康のために野外で裸になり水や自然に触れる活動のことらしい。連作の一部を紹介したい。
   白き雲湧きかがやきて城古りぬ
   かいまみをゆるさぬ垣の薔薇咲けり
   脱ぎ棄つるこころたぬしく畏みぬ
   わが原始風に触れつつかくれなし
   としよりのきよらに痩せて佇める
   大腿に世界大戦の傷古りぬ
   アダムめきイブめき林檎噛めるあり
   そことなく楽欲げうよくの眼をおぼえけり
   くさむらに昼寝の裸のびのびと
 これらの句は、草城のフィクションである。「裸体倶楽部」なるものを想像して詠まれたものだ。だが、城や薔薇の垣根など具体的である。〈わが原始風に触れつつ〉なども自身が参加したかのように詠んでいる。参加者には〈としより〉や〈大戦の傷〉のある元兵士もいる。〈アダムめきイブめき〉とあるので、若い男女も参加しているようだ。ヌーディズム・ネイチャリズムは性的な行為はしないのだが、〈楽欲の眼〉もあったことを想像している。これらの句は情景を描くことに終始しており、無季が多い。また、一句の独立性は低い。前書きや前後の句との連携を必要とする。ただ、物に焦点を当て、しっかりと描写している句は、独立性が高く無季であることも感じさせない力がある。

 第二部「単車(雑詠)」は、一句独立の句が並ぶ。
   初ざくらみづうみ碧く冷えにけり
   朝風のさざなみ寒きさくらかな
   湯あがりやアダムのごとくゐて涼し
   梨をむく音のさびしく霧降れり
   煩悩の犬は濡れたる鼻を持つ
   手を出して春の月夜にさはりけり
   夕空に雲のましろきビールかな
 五句目の〈煩悩の犬〉以外は、どの句も季語があり、端正な写生もあれば斬新な比喩もある。草城の表現力の高さが見える句ばかりである。

 以上、前編・中編・後編と日野草城の句集の内容を確認してきた。それらを踏まえた上で再度、「マダム コルト」の一連について考えてみたい。次回はいよいよ最終回。

(篠崎央子)


【篠崎央子さんの句集『火の貌』はこちら↓】


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。



【篠崎央子のバックナンバー】
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>>〔200〕バレンタインデー艶福にして子煩悩 澤田緑生
>>〔199〕雑魚寝して清十郎に遠きお夏かな 佐々木北涯
>>〔198〕雪女郎抱きたし抱けば死ねるかも 吉田未灰
>>〔197〕仮りにだに我名しるせよ常陸帯 松瀬青々
>>〔196〕初夢で逢ひしを告げず会ひにけり 稲畑汀子
>>〔195〕ひそやかに女とありぬ年忘 松根東洋城
>>〔194〕ある期待真白き毛糸編み継ぐは 菖蒲あや
>>〔193〕綿虫と吾ともろともに抱きしめよ 藺草慶子
>>〔192〕愛人を水鳥にして帰るかな あざ蓉子
>>〔191〕胸中に何の火種ぞ黄落す 手塚美佐
>>〔190〕猿のように抱かれ干しいちじくを欲る 金原まさ子
>>〔189〕恋ふる夜は瞳のごとく月ぬれて 成瀬正とし
>>〔188〕虫の夜を眠る乳房を手ぐさにし 山口超心鬼
>>〔187〕戀の數ほど新米を零しけり 島田牙城
>>〔186〕霧まとひをりぬ男も泣きやすし 清水径子
>>〔185〕嘘も厭さよならも厭ひぐらしも 坊城俊樹
>>〔184〕天上の恋をうらやみ星祭 高橋淡路女
>>〔183〕熱砂駆け行くは恋する者ならん 三好曲
>>〔182〕恋となる日数に足らぬ祭かな いのうえかつこ
>>〔181〕彼とあう日まで香水つけっぱなし 鎌倉佐弓
>>〔180〕遠縁のをんなのやうな草いきれ 長谷川双魚
>>〔179〕水母うく微笑はつかのまのもの 柚木紀子
>>〔178〕水飯や黙つて惚れてゐるがよき 吉田汀史
>>〔177〕籐椅子飴色何々婚に関係なし 鈴木榮子
>>〔176〕土星の輪涼しく見えて婚約す 堀口星眠
>>〔175〕死がふたりを分かつまで剝くレタスかな 西原天気
>>〔174〕いじめると陽炎となる妹よ 仁平勝
>>〔173〕寄り添うて眠るでもなき胡蝶かな 太祇
>>〔172〕別々に拾ふタクシー花の雨 岡田史乃
>>〔171〕野遊のしばらく黙りゐる二人 涼野海音
>>〔170〕逢ふたびのミモザの花の遠げむり 後藤比奈夫
>>〔169〕走る走る修二会わが恋ふ御僧も 大石悦子
>>〔168〕薄氷に書いた名を消し書く純愛 高澤晶子
>>〔167〕約束はいつも待つ側春隣 浅川芳直
>>〔166〕葉牡丹に恋が渦巻く金曜日 浜明史
>>〔165〕さつま汁妻と故郷を異にして 右城暮石
>>〔164〕成人の日は恋人の恋人と 如月真菜
>>〔163〕逢はざりしみじかさに松過ぎにけり 上田五千石
>>〔162〕年惜しむ麻美・眞子・晶子・亜美・マユミ 北大路翼
>>〔161〕ゆず湯の柚子つついて恋を今している 越智友亮
>>〔160〕道逸れてゆきしは恋の狐火か 大野崇文
>>〔159〕わが子宮めくや枯野のヘリポート 柴田千晶
>>〔158〕冬麗や泣かれて抱けば腹突かれ 黒岩徳将
>>〔157〕ひょんの笛ことばにしては愛逃ぐる 池冨芳子
>>〔156〕温め酒女友達なる我に 阪西敦子
>>〔155〕冷やかに傷を舐め合ふ獣かな 澤田和弥
>>〔154〕桐の実の側室ばかりつらなりぬ 峯尾文世
>>〔153〕白芙蓉今日一日は恋人で 宮田朗風
>>〔152〕生涯の恋の数ほど曼珠沙華 大西泰世
>>〔151〕十六夜や間違ひ電話の声に惚れ 内田美紗
>>〔150〕愛に安心なしコスモスの揺れどほし 長谷川秋子
>>〔149〕緋のカンナ夜の女体とひらひらす 富永寒四郎
>>〔148〕夏山に噂の恐き二人かな  倉田紘文
>>〔147〕これ以上愛せぬ水を打つてをり 日下野由季
>>〔146〕七夕や若く愚かに嗅ぎあへる 高山れおな
>>〔145〕宵山の装ひ解かず抱かれけり 角川春樹
>>〔144〕ぬばたまの夜やひと触れし髪洗ふ 坂本宮尾
>>〔143〕蛍火や飯盛女飯を盛る 山口青邨
>>〔142〕あひふれしさみだれ傘の重かりし 中村汀女


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