屋根替の屋根に鎌刺し餉へ下りぬ
大熊光汰
屋根替に参加したことがある。きっかけは岩田奎が見つけてきたワークショップ。東京大学のとある研究室が建築や暮らしの研究のために千葉の館山に所有している小さな伝統建築群があり、それらの茅葺屋根を毎年1面ずつ葺き替えるプロジェクトを行なっていた。
通常建築関係の研究をしている学生が10日ほどのプログラムを泊まり込みでするワークショップであったが、大学を問わず広く参加者を募っていたので、岩田奎・筏井遙(以上「群青」)、大熊光汰(「南風」)、僕の四人で日帰り参加させてもらった。当記事では屋根替の様子を歳時記の例句や我々一行の句を適宜示しながら書いていきたい。
屋根替は大量の茅を刈ってくるところから始まる。それらは縄で括って直径20 cm程度の束にする。茅は固い軸の部分から柔らかい穂の部分まで性質が異なり、茅一本一本も長さが異なる。そのため、用途に合わせて四尺程度の長い束、二尺程度の短い束、穂先をまとめた「ふわふわ」に分けて切断し、建材として整理する(長さは記憶が曖昧です)。切断には錆びついた大きな裁断機を用いていた。
葺替の萱束抱きて受け渡す 茨木和生
葺替のもつぱら萱を運ぶ役 石田勝彦
屋根には足場が組まれており、梯子をかけて上に上がれるようになっている。古屋根の茅は抜き取り、屋根から古茅置き場に落とす。茅は段々構造で葺かれているので、古い茅は風雨で劣化した十数センチさえ切り取れば意外にも再利用できてしまう。
葺替や腐れる茅の降り来る 筏井遙
茅葺屋根の茅は当然ただ積まれているわけではない。竹を用いて固定されている。どういうことかというと、束を解いて敷き詰めた茅の上から、青竹(押さえ竹)を軒と平行に置いて茅を押さえつける。その青竹は、屋根裏の木(おそらく「母屋」)と縄で結んで茅を強く押さえつけた状態で固定する。
縄を結ぶ作業は面白く、屋根の上から「刺しまーす」と声をかけて屋根裏の人へ竹の針を刺す。竹の針には縄が結びつけてあり、屋根裏の人はその縄を母屋に括り付け、「刺しまーす」と声をかけて再び屋根の上に竹の針を刺す。こうして縫い針の一往復の要領で押さえ竹を固定する。
針を刺す位置のコミュニケーションも独特で面白かった。そこの屋根は館山の海沿いに位置していたため、「海側」「山側」で位置を示した。すなわち、「もう少し海側に刺してくださーい」というような会話が屋根の表裏で交わされるわけである。
葺替の縄するすると人の恋 山本英子
その奥の垂木を探り屋根繕ふ 筏井遙
光は疎ら屋根替の屋根裏に 同
顔も知らぬ屋根裏の人と屋根替す 板倉ケンタ
海風に失ひながら葺き替ふる 同
葺替作業で印象的なのは、接続はすべて縄で行うという点である。釘や螺子、まして接着剤などは用いず、縄を結ぶことによって行なっていた。ワークショップでは初めに、汎用性の高い「男結び」を覚えるミニ講習会が随時庭で開かれ、覚えた者のみ屋根に上がることを許された。
屋根の上では押さえ竹を「とっくり結び」で結び、縄の余りは鎌で切った。鎌なり鋏なり何かと刃物を用いたが、使わないときは足場などに放置すると危ないので、屋根にブッ刺して置いておく。
もう一つ印象深かったのが、さまざまな作業が同時進行で進んでいたことである。作業を把握している人材が各所にいて連携をとりながら、庭や屋根でさまざまな作業が進む。屋根の上では葺替が行われ、屋根の上からの注文に応じて屋根の下から茅束が放られる。
庭では茅が随時切断され、茅束が生産されている。屋根の上から放られた古い茅は集められ、不要な部分は集めて裏庭で燃やされる。台所では昼食の準備がされ、ご飯ができると庭中から人が集まってきたのが心に残っている。
屋根替の一人下りきて庭通る 高野素十
葺替や空から人を借ることも 筏井遙
屋根替のひと昼餐へばらばら来る 板倉ケンタ
屋根替の屋根に鎌刺し餉へ下りぬ 大熊光汰
屋根替の藁全量を火となせり 中戸川朝人
今回の記事の見出しの俳句には大熊光汰の句を選んだ。彼は「南風」の後輩で、東大俳句会の幹事も務めた。注目の人材であるので覚えておいてほしいと思う。ちなみに彼は「屋根裏バル鱗kokera」のスタッフもしている。
このときのワークショップの様子は下記リンクからYouTubeで見られる。記事や動画を参考に、ぜひ一句詠んでみてほしい。
(板倉ケンタ)
【執筆者プロフィール】
板倉ケンタ
1999年東京生。「群青」「南風」所属。俳人協会会員。第9回石田波郷新人賞、第6回俳句四季新人賞、第8回星野立子新人賞。
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
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