青空の暗きところが雲雀の血 高野ムツオ【季語=雲雀(春)】


青空の暗きところが雲雀の血

高野ムツオ

先日、飛鳥に行ってきた。南風の先輩方に、「大阪の中央例会の後に飛鳥に行きたい」とリクエストしたら、何人かを誘ってくださり、1泊2日の吟行旅行が実現した。

一口に飛鳥と言っても、エリアはかなり広い。そのため、レンタサイクルで回ることも多いようだ。しかし、我々俳人は当然徒歩である。飛鳥駅に始まり、欽明天皇陵→鬼の俎→亀石→橘寺→石舞台古墳→飛鳥宮跡といった要領で10 kmほどの道のりを歩いた。加えて、翌日に飛鳥寺とキトラ古墳を見て、充実の吟行であった。僕以外全員大先輩で、最年長は80歳近い方であったが、さすがの健脚であった。

飛鳥吟行の魅力は、一つにはやはり巨石や古墳などの史跡にある。特に飛鳥宮跡は板蓋宮の礎石が残されているのみであったが、広大な田畑や野が開けており、橘寺や飛鳥寺を含む飛鳥宮のエリアを見渡すとやはり胸が熱くなった。

さらに今回良かったのは、豊かな田園が広がっていたことである。欽明天皇陵の脇には田畑が広がっており、春の穏やかさのなか農作業をする方々を見ると自然と句が生まれた。空き地にちょこんと座って何かしているお婆さんに声をかけたら、蓬を摘んで草餅にするとおっしゃっていた。空き地も元は自分の蜜柑畑だったそうだ。

板蓋宮付近ではオスの雉を見かけた。以前雪の上を雉の行く姿を見たことがあったが、やはり雉は春の季語、春の夕暮れに見る雉は格別に趣があった。近くに大声で鳴くベージュ色の鳥があり、メスの雉かと思ったが、何か違う。と、その鳥が飛び去り、開いた羽は鮮やかな黒と白を呈した。鳧であった。

さらに板蓋宮の周りに広がる田んぼからは雲雀の鳴き声がした。観光地であるのに、自分たち6人以外に人は見当たらない。まるで人の滅んだのちの世界を歩いているかのような感覚にさえなった。飛鳥の長い長い時間の流れに想いを馳せていると、いつの間にか雲雀野は薄い闇に包まれていた。

青空の暗きところが雲雀の血 高野ムツオ

掲句、雲雀が高く舞い上がる鳥であることも踏まえると、幾度となく青空を舞う雲雀の存在がやがて血のエリアとして薄暗く認識されるのであろう。青空に雲雀が幾たびもぶつかり、血の塊になる。今回雲雀野の景色を見たことで、「雲雀の血」がより重く身に迫ってきた。

人が建て、そして滅びた都に、今なお雲雀は命の営みを続けていた。人間の文明や文化の時間の流れは、とてつもなく長いものであるが、雲雀はそれよりもずっと長い間世代を繫いでいる。ムツオ句の「雲雀の血」は、もちろん赤黒い(そして青黒い)雲雀の血を思えばいいが、それは太古の昔より雲雀が舞い、繫いできた血なのである。ムツオ句は無論飛鳥で詠まれたものではなかろうが、そんなことをふと思った旅であった。

板倉ケンタ


【執筆者プロフィール】
板倉ケンタ
1999年東京生。「群青」「南風」所属。俳人協会会員。第9回石田波郷新人賞、第6回俳句四季新人賞、第8回星野立子新人賞。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



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