歳時記は要らない目も手も無しで書け
御中虫
句集の流れは速い。
良い句集が出ると一瞬盛り上がり、雑誌やSNSに取り上げられたりもするが、2年もすればすっかり話題に上らなくなる。もちろん、話題に上らなくなったからと言って元通りなんにもなくなるわけではない。人々の心の中にはうっすら引っかかっていて、(そういえば、あんな句集が、あったな…)とは、みんな思っている(はずだ)。
でも出版されてから時間が経っても、心に残るものには、何度でも面白かったと言いたい……!
今回の句は御中虫の句集「おまへの倫理崩すためなら何度(なんぼ)でも車椅子奪ふぜ」から引いた。
自分は俳句を2015年ごろ、最初はBL俳句から始めた。出会った俳句の人たちはおおむねとてもやさしかったけれど、BL俳句なんて俳句じゃない!と誰にいつ言われるのかと、最初はどきどきしていた。
その頃に御中虫の俳句を教えてくれたのは、中山奈々さんか松本てふこさんだと思う。
教えてもらって読んだ句集「おまへの倫理崩すためなら何度(なんぼ)でも車椅子奪ふぜ」は、すごかった(句集は色々あってもう手元になくて読み返せないが、記憶の中で輝いている)。この気迫、このテンション、それが韻律に乗って目の前に差し出されてくる感じ。至近距離から、らんらんと怒りのこもった視線で見つめられているよう。いつのまにか観察対象がずんずん近くに来ていて、読み手側が狙われているような感覚になる、そういう句集。
こういう「いわゆる俳句のお手本みたいではない」俳句を書く人がいて、芝不器男俳句新人賞のしかも大賞を取って評価されたことは、俳句を書き始めた当時の自分にとっては希望になった。無季でも韻律が575でなくても感情が剥き出しになっていても、俳句でどんなことを試してみてもいいんだ、書いてだめなことなんかないんだと思えた。俳句界にこれを評価してくれる人がいるのは、かなりいいんじゃない…??
歳時記は要らない目も手も無しで書け 御中虫
この気迫。多分、書くためにのたうちまわれ、と言われている気がする。それはおそらくこの人自身が、のたうちまわって書いているから。
暗ヒ暗ヒ水羊羮テロリテロリ
真っ暗な中に舌だけがどんよりと動いているよう。なんなら水羊羹の中から舌が出てきそう。
じきに死ぬくらげをどりながら上陸
我々もじきに死ぬくらげ、と思ってしまう。
台無しだ行く手を阻む巨大なこのくそいまいましい季語とか
逆説的に意識される季語の力。最初はこの人はなんで俳句を選んだのかなと思ったが、定型や季語に意識を縛られながら、抗いながら、それでこそ輝くタイプなのかも。自分のなかの怒りや過剰なエネルギーを、形式があってこそうまく外に出せるのかもしれない。
ちなみに御中虫が芝不器男俳句新人賞を取った回での奨励賞は、堀田季何、岡田一実(当時は藤実という名前)、中村安伸、たかぎちようこ。当時の空気感はわからないが、今見るとすごいメンバーだ。
御中虫は第二句集「関揺れる」を2012年に出版しているが、それ以降はあまり活動していない様子だ。2025年現在、少なくともこの10年以内には、御中虫は私の観測できる範囲では俳句を発表していない。この人が今も書いていたら、どんな俳句を書くのだろう。
御中虫はいつかまた書くのかもしれないし、じつは今だって書いているのかもしれないし、あるいはもう書かないのかもしれない。いずれにせよ、発表された句は世に残り続ける。
混沌混。沌混沌。その先で待つ。
私も待ってる!
(佐々木紺)
【執筆者プロフィール】
佐々木紺(ささき・こん)
1984年生、「豆の木」同人。2022年、第13回北斗賞受賞。2023年、「雪はまぼろし」20句で豆の木賞受賞。2024年、句集「平面と立体」刊行、島根「書架 青と緑」で展示「夜の速度」(山口斯×佐々木紺)。俳句一句の入った小箱「haiku souvenir」(紙屋)発売中。
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
【2025年4月のハイクノミカタ】
〔4月1日〕竹秋の恐竜柄のシャツの母 彌榮浩樹
〔4月2日〕知り合うて別れてゆける春の山 藤原暢子
〔4月3日〕ものの芽や年譜に死後のこと少し 津川絵理子
〔4月4日〕今日何も彼もなにもかも春らしく 稲畑汀子
〔4月5日〕風なくて散り風来れば花吹雪 柴田多鶴子
〔4月6日〕木枯らしや飯を許され沁みている 平田修
〔4月8日〕本当にこの雨の中を行かなくてはだめか パスカ
〔4月9日〕初蝶や働かぬ日と働く日々 西川火尖
〔4月10日〕ヰルスとはお前か俺か怖や春 高橋睦郎
〔4月11日〕自転車がひいてよぎりし春日影 波多野爽波
〔4月12日〕春眠の身の閂を皆外し 上野泰
〔4月15日〕歳時記は要らない目も手も無しで書け 御中虫
【2025年3月のハイクノミカタ】
〔3月1日〕木の芽時楽譜にブレス記号足し 市村栄理
〔3月2日〕どん底の芒の日常寝るだけでいる 平田修
〔3月3日〕走る走る修二会わが恋ふ御僧も 大石悦子
〔3月4日〕あはゆきやほほゑめばすぐ野の兎 冬野虹
〔3月5日〕望まれて生まれて朧夜にひとり 横山航路
〔3月6日〕万の春瞬きもせず土偶 マブソン青眼
〔3月8日〕下萌にねぢ伏せられてゐる子かな 星野立子
〔3月9日〕木枯らしの葉の四十八となりぎりぎりでいる 平田修
〔3月10日〕逢ふたびのミモザの花の遠げむり 後藤比奈夫
〔3月11日〕落花無残にみやこは遠き花嵐 秦夕美/藤原月彦
〔3月12日〕春嵐たてがみとなる筑波山 木村小夜子
〔3月14日〕のどかにも風力7の岬です 藤田哲史
〔3月15日〕囀に割り込む鳩の声さびし 大木あまり
〔3月17日〕腸にけじめの木枯らし喰らうなり 平田修
〔3月18日〕春深く剖かるるさえアラベスク 九堂夜想
〔3月19日〕寄り合つて散らばり合つて春の雲 黛執
〔3月20日〕Arab and Jew /walk past each other:/blind alleyway Rick Black
〔3月22日〕山彦の落してゆきし椿かな 石田郷子
〔3月23日〕ひまわりの種喰べ晴れるは冗談冗談 平田修
〔3月24日〕野遊のしばらく黙りゐる二人 涼野海音
〔3月25日〕蚕のねむりいまうつしよで呼ぶ名前 大西菜生
〔3月26日〕宙吊りの東京の空春の暮 AI一茶くん
〔3月27日〕さよなら/私は/十貫目に痩せて/さよなら 高柳重信
〔3月31日〕別々に拾ふタクシー花の雨 岡田史乃
【2025年2月のハイクノミカタ】
〔2月1日〕山眠る海の記憶の石を抱き 吉田祥子
〔2月2日〕歯にひばり寺町あたりぐるぐるする 平田修
〔2月3日〕約束はいつも待つ側春隣 浅川芳直
〔2月4日〕冬日くれぬ思ひ起こせや岩に牡蛎 萩原朔太郎
〔2月5日〕シリウスを心臓として生まれけり 瀬戸優理子
〔2月6日〕少し動く/春の甍の/動きかな 大岡頌司
〔2月7日〕無人踏切無人が渡り春浅し 和田悟朗
〔2月8日〕立春の佛の耳に見とれたる 伊藤通明
〔2月9日〕はつ夏の風なりいっしょに橋を渡るなり 平田修
〔2月11日〕追羽子の空の晴れたり曇つたり 長谷川櫂
〔2月12日〕体内にきみが血流る正坐に耐ふ 鈴木しづ子
〔2月13日〕出雲からくる子午線が春の猫 大岡頌司
〔2月14日〕白驟雨桃消えしより核は冴ゆ 赤尾兜子
〔2月15日〕厄介や紅梅の咲き満ちたるは 永田耕衣
〔2月16日〕百合の香へすうと刺さってしまいけり 平田修
〔2月18日〕古本の化けて今川焼愛し 清水崑
〔2月19日〕知恵の輪を解けば二月のすぐ尽きる 村上海斗
〔2月20日〕銀行へまれに来て声出さず済む 林田紀音夫
〔2月21日〕春闌けてピアノの前に椅子がない 澤好摩
〔2月22日〕恋猫の逃げ込む閻魔堂の下 柏原眠雨
〔2月23日〕私ごと抜けば大空の秋近い 平田修
〔2月24日〕薄氷に書いた名を消し書く純愛 高澤晶子
〔2月25日〕時雨てよ足元が歪むほどに 夏目雅子
〔2月27日〕お山のぼりくだり何かおとしたやうな 種田山頭火
〔2月28日〕津や浦や原子爐古び春古ぶ 高橋睦郎