まなぶたを薄くめくった海がある 平田修


まなぶたを薄くめくった海がある

平田修
(『海に傷』昭和59年)

平田は釣り好きであったという。車に道具を載せ、川から海まで様々な場所で魚を釣っていた。中でも地元・富士宮の渓流はかなりのお気に入りだったようで、釣り好きの雄介さんとともにしばしば出かけていたという。転居の多い人生を送った平田であったが、やはり故郷の川には特別な感慨があったのかもしれない。

句集名にもあるように、平田の句群には「海」という言葉や海辺の情景がしばしば現れる。短詩型では叙情を引き出すための詩語として頻繁に使われる語だが(『海のうた』という短歌アンソロジーが出るほどである)、平田の句群における頻度は比較的節制されていた。それでも平田の句が海を強く印象付けるのは、その海がどこか悲しさや無常感をまとっているせいか。

まなぶたを薄くめくった海がある
平田修
(『海に傷』昭和59年)

海は絶えず動きながら静止している。保護膜たるまなぶたをめくっても海の姿形は変わらないが、ぎりぎりの薄皮一枚で隠されていた悲哀がむき出しになる。本来ひとりでに開くはずのまなぶたを”めくる”という行為は、眼の奥を隠したい自己と見せたい自己のせめぎあいであった。常に涙を湛える瞳は、人の身体でもっとも海に近い部分だ。

最後に『海に傷』からの1句と、海釣りの際に撮影されたという平田の写真を載せておく。盆の海に行きたくなるような、良い写真である。

〈息苦しき日の海から戻る蝶を見た〉

細村星一郎


【執筆者プロフィール】
細村星一郎(ほそむら・せいいちろう)
2000年生。第16回鬼貫青春俳句大賞。Webサイト「巨大」管理人。



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