ハイクノミカタ

寒月下あにいもうとのやうに寝て 大木あまり【季語=寒月(冬)】


寒月下あにいもうとのやうに寝て

大木あまり
(『火のいろに』)


 近所に住む少し年上の男の子や従兄弟を「お兄ちゃん」と呼んで慕っていた女の子は多いことだろう。私も近所に住んでいた年上の従兄弟が大好きでよく遊んで貰った。そうかと思うと素性不明なお兄ちゃんと路上でお絵描きをしたり、時には近くの森で兜虫を捕ったりした記憶もある。そのお兄ちゃんは、今でも家族の間では謎の人である。また、私が小学生の頃、一人で遊んでいるとよく声を掛けてくれた大学生のお兄ちゃんがいた。実は、近所の子供達から人気者の筑波大学に通うお兄ちゃんであった。ある時、その筑波大生のお兄ちゃんの部屋に遊びに行ったことがある。部屋には中森明菜のポスターが沢山貼られていた。トランプ遊びをして帰っただけであったが、近所の子には嫉まれた。いつも軽々と私を抱き上げてくれた大学生のお兄ちゃんは、卒業後、出身地である新潟県に帰ってしまった。

 高校生になった頃、街角で「俺、筑波大生なんだけど、お茶でもしない」と声を掛けられた。記憶のお兄ちゃんに顔が似ていたけれども、なんだか雰囲気が違うので断った。私の好きだったあのお兄ちゃんもナンパとかしていたのだろうか。その後、幼女誘拐事件などがあり、親からは「危なっかしい子ね」と叱られた。確かに今考えれば、大学生の部屋に行くなんて危なっかしいことであった。大学生のお兄ちゃん的には、いつも一人で遊んでいる鍵っ子の私が寂しそうに見えただけなのだろうけれども。

 韓国ドラマを見ていると年上の幼馴染みの初恋の男性や恋人を「兄さん」と女性が呼んでいることがある。実の兄でもなく、恋する人を「兄さん」と呼ぶのは、不自然に感じた。何故なら日本では、「兄さん」のような存在は、恋人にならないのではと思ったからである。その考えは韓国でも同じなのか「妹のようにしか感じていない」と振られるシーンもある。

 韓国では、男女問わず特に親しい関係にある存在を兄妹と認定する考え方があるらしい。『三国志』の「桃園の誓い」における劉備・関羽・張飛の義兄弟の契りみたいなものなのだろうか。韓国の義兄妹の絆はとても深い。どこに行くのも一緒で本当に家族のよう。時には、相手の恋愛に口を挟むことも。血の繋がりのない男女のことなので、年月を経て恋に発展することもある。両想いならハッピーエンドだが、片想いの場合には義兄妹であることを理由に断られる。面倒だけれども、そんな繋がりが羨ましく思う。

 日本神話の男女の始まりはイザナキとイザナミである。二人は兄妹だが、夫婦となり国生みをする。神話の世界では、兄妹同士の交わりによって子孫を殖やしてゆく。神話から人の世になると、異母兄妹の結婚は認められていたが同母兄妹の結婚は禁忌であった。『古事記』では、木梨之軽王と軽大郎女や、狭穂彦王と狭穂姫命の同母兄妹の恋の悲劇が美しく描かれている。文学は、血の繋がった兄妹の恋愛の悲劇を繰り返し描くことにより、兄妹婚が許されないものであることを人々の意識の底に根付かせていった。確かに、兄妹同士の恋愛の話は、美しくも嫌悪感がつきまとう。

 漫画では手塚治虫『奇子』北川みゆき『罪に濡れたふたり』吉田基已『恋風』、青木琴美『僕は妹に恋をする』などの兄妹の恋愛は、禁断の扉を開くような罪悪感に抱かれながら、強烈に引き込まれた作品である。

  寒月下あにいもうとのやうに寝て  大木あまり

 当該句は〈やうに〉という表現があるので、血の繋がった兄妹ではない。友人ともとれるが、恋人同士か夫婦と捉えるべきであろう。月光に照らされ、兄妹のように仲睦ましく眠る男女。友人同士と捉えるには月が冷たい。

 長い年月を共にした恋人や夫婦は、ある程度の年月を超えると親族以上の絆が生まれる。恋とも違う兄妹とも違う信頼感。兄妹のような関係に似ているのだが、違うのは触れ合うことにより生まれる安心感であろうか。例えば腕枕のような。兄妹であれば、腕枕も躊躇してしまうが、そんなことをしなくとも共有し合える血筋という安心感が兄妹にはある。

 ふと近親相姦のような禁断の恋まで想像させてしまう当該句。兄妹のように眠っているが、実はそれ以上の禁断の関係なのかもしれないと妄想を膨らませた。そのような妄想を抱かせてしまうのは、〈寒月〉の冷たい視線があるからだ。

 だが、作者には〈夫にして悪友なりし榾を焼く 大木あまり〉という句がある。夫との関係は、悪友のようでもあり兄妹のようでもあり、男女の性愛を超えた絆があることを詠まんとしたのかもしれない。世間でいえばセックスレス夫婦なのだが、冷たい荒浪を共に超えてきた同志のような存在、今さら情を交わすのも照れくさいほどお互いを知り尽くした、離れがたい存在なのだろう。腕枕をしなくとも、近くで眠っているだけで満たされるようなそんな関係。だけれども、当該句に寂しさを感じるのは何故だろうか。

篠崎央子


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。


華原朋美 – I BELIEVE (from 「DREAM -Self Cover Best-」)

【篠崎央子のバックナンバー】

>〔29〕どこからが恋どこまでが冬の空   黛まどか
>〔28〕寒木が枝打ち鳴らす犬の恋     西東三鬼
>〔27〕ひめはじめ昔男に腰の物      加藤郁乎
>〔26〕女に捨てられたうす雪の夜の街燈  尾崎放哉
>〔25〕靴音を揃えて聖樹まで二人    なつはづき
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>〔18〕雀蛤となるべきちぎりもぎりかな 河東碧梧桐
>〔17〕恋ともちがふ紅葉の岸をともにして 飯島晴子
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>>〔1〕ダリヤ活け婚家の家風侵しゆく  鍵和田秞子


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